第4話

 「じゃあね、ユウリ」

 「また明日」

 校門の傍で立つユウリは、通りかかった同級生と別れた。

 携帯を一日中何度も繰り返し見たけど、レイラはいつまでも連絡を返してこない。

 


 いつものように通学路を一人で歩くことになった。

 大通りを渡り、もうすぐ昨日入った路地だ。

 不安を感じたユウリは、遠回りする。

 だけど、目的地を変えない以上は、どうしてももとの経路に戻らなければならない。

 半分意志的な行動で、レイラと約束した交差点へ向かう。

 朝もっと待てばレイラに会えたのだろう。

 立ち留まってくだらないことを考えたのは、一瞬間だった。

 もうすぐ家につく。行こう。

 まもなく、二階建てのアパートが気を改めたユウリの視野に入った。そこにたどり着けば安全だ。

 安堵したのも一瞬間だった。

 足早になっていたユウリの歩みを遅くさせたのは、後ろからの足音だった。

 とても小さな足音だったけど、確かに後ろにいた、足並みをユウリのと揃えた誰かが。

 もしかしたら昨日の女の子かな。彼女ならレイラの手掛かりを知っているかもしれない。

 家を知られたらまずい。

 いっそここで決着をつけよう。

 「レイラはどう…」

 思い切って振り返ると、そこにいたのは黒い傘をさしているレイラだった。

 ユウリは言い切れなかった言葉をのみ込んだ。

 「こんにちは。ユウリさん」

 「こんに、ちは」

 夕日に溶け込むほんの少しの沈黙だった。

 「家にお邪魔しても…」

 「いいよ!大歓迎!」

 レイラが言い終える前にユウリは快諾した。



 「実はね、レイラさんが自己紹介をしたときから思っているの。レイラさんと仲良くなりたいって。今日はとっても嬉しいの。でもなぜ私なんかの家まで来てくれたんだろう、なんちゃって」

 階段を上るユウリは、緊張をほぐすために後ろのレイラに話しかけ続ける。

 「私、人の好き嫌いがありませんから」

 「え?」

 階段を上り切ったユウリは、よく分からないことを言ったレイラを見返す。

 傘に遮られたせいで、レイラの口元がしか見えなかった。

 レイラは軽く下唇を噛んでいた。

 「人の好き嫌いなんて、水臭い話しないでください」

 と言いつつ、ユウリは鍵を鍵穴にさしこむ。

 「今日は心配したよ。レイラさんが昨日の娘になにかされたと思って。はい、上がって」

 「お邪魔します。」

 二人が部屋に入り、ドアが閉められ、ユウリの目の前は暗くなった。

 電灯のスイッチへ差し伸べられたユウリの手を、レイラは手をかざして止めた。

 握りしめてきた手は氷のようだ。

 と思うユウリの頬は炭のように燻る。

 「ね、ユウリさん」

 「うん」

 「好物は最初に食べる派?それとも最後に食べる派?」

 「好物を、ずっと食べて行きたい派」

 「私も。そして食欲が掻き立てられたら、止まらなくなりますの」

 レイラは顎をユウリの右肩の上に載せ、二人の頬が重なる。

 レイラの肌は冷たかった。

 炭が氷を溶けるか、氷が炭を鎮めるか、均衡が崩れそうな時だった。

 「あの娘はもういただきましたわ」

 「いただく?」

 「今はユウリさんの番です」

 疑惑する時間すら与えず、ユウリの首筋に噛みかかった、レイラが。

 血も命も切り裂かれた首からどんどん出ていき、入ってくるのは痛みか快楽か知れないが、とにかく頭を真っ白にする感覚が体中に走る。

 噛まれたのが自分なのに、舌先に淡い甘味がする。鼻にも甘い香りが漂う。

 予想外れな状況で、予想以上に満たされていく。

 飲み干されていくほうなのに。

 一度永遠を感じた人にとっては、時間がどうでもいいものになる。

 永遠を感じたユウリはついにレイラの抱擁から離され、仰向いたまま体を崩した。

 「まあまあでしたわ。でも大丈夫」

 ユウリの視線が赤く光るレイラの瞳に引き寄せられる。

 「人の好き嫌いは、ないですから」

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好き嫌い 衛かもめ @Kuzufuji_Mao

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