第3話

 「レイラさんもここか」

 ユウリは空き教室の前で独り言をしていた。

 首を横に振り、やっと腹をくくって、引き戸を開けた。

 カーテンが閉まっている暗い教室に、レイラの瞳だけが光っている。

 「レイラさん」

 「こんにちは。ユウリさん」

 引き戸の外からの光がレイラの長い黒髪の艶を引き出させる。

 レイラが髪を陰に寄せたおかげで、見惚れていたユウリは我に戻して会話を続けた。

 「こんにちは。レイラさんもここでお昼?」

 「そうですよ」

 「一緒に食べてもいい?」

 「いいですよ」

 すべてが演習通りじゃなかったけど、なんとかうまくいった。

 引き戸を閉めたのは、レイラの日光アレルギーのためだった。

 レイラのとなりで弁当箱を開け、ユウリは玉子焼きに箸をつける。

 「玉子焼きばかりですね」

 「そう。好物だから、ずっと食べても飽きないよ」

 「食べ物の好き嫌いをするのですか」

 レイラの暖かい目線にユウリは恥ずかしがる。

 「子供っぽいとでも言いたい?ちゃんと自分で作ったから、子供っぽくない」

 「偉いですね」

 「一人暮らしなのでしょうがないことだ」

 更なる反論を諦めていなかったユウリは、レイラのもつアルミボトルを気付いた。

 「レイラさんのお昼はそれだけ?」

 「ええ。ダイエット中ですので」

 「無理なダイエットをするほうが子供っぽいのだ。たまにもちゃんとした食事を取ってください」

 自慢げに玉子焼きを口に入れるユウリを見ながら、レイラはうんと頷いた。



 自分はバカだったと、ユウリは思った。

 ちゃんとレイラと一緒に帰る約束もするべきだった。

 もっとバカなのは、日の当たらない路地をのんきに入ったことだ。

 耳を澄ますユウリは、予想を裏切らない足音を後ろからきいた。

 どうしたらいいのか分からないユウリが手に汗を握り始めたとき、心強い声が足音を止めさせた。

 「家までついていくつもりかしら」

 振り返ると、知らない制服を着ている女子高生の背中を見た。ユウリについているはずだった女子高生はいま、自分の後ろに突然現れたレイラに振り向いた。

 「人様の家にお邪魔するのは招かれてから。これは常識だと思いませんか」

 レイラは傘をしまい、女子高生へゆっくりと歩きだす。

 「マヤを返せ!」

 怒鳴りながら、女子高生が自分のカバンから何かを探りはじめ、ようやく何かを取り出したばかりに、レイラに傘で手をたたかれ、取り出したものをやむを得なく落とした。

 彼女がそれを取ろうとしていたが、レイラが傘の石づきでそれを排水溝のなかへと弾きこんだ。

 レイラから逃げるように、彼女がユウリを押しのけて、走り去った。

 押し倒れたユウリは彼女の顔も、排水溝に落ちた光ったものも、全部よく見えなかった。

 「マヤを返せ、ってどういう意味だろう」

 「さあね」

 レイラの差し伸べられた手をとり、ユウリは立ち上がって、排水溝へ覗き込む。

 「あれは何なんだろう」

 「どうせ汚いものよ。それより」

 レイラは表情を改め、ユウリの手を握ったままに問いかける。

 「ユウリさんの家にお邪魔してもいいでしょうか?」

 「だめ、今日はだめ!」

 あっさりと断られたレイラは手を放し、傘をさし直した。

 「あ、そう。では、また明日」


 昨夜部屋をきれいに片づけたユウリは気力を使い果たし、ぐっすり眠れた。夢も見なかったくらいに。

 今日は自分からレイラを誘おう、と決めたユウリは出かけた。

 早速約束の交差点につき、レイラを待つ。

 結局、レイラは、来なかった。

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