第47話 早起きの理由

 エアコンの効いた部屋に目覚まし時計の音が日響き渡る。煩いなぁ......もう少し寝かせてくれ。


 それでもなおスマホからは目覚まし時計のアラームが鳴り止まない。というか徐々に大きくなり始めるこの音を早く止めなくては......。


「確かこの辺に......。だぁ! こういう時に限って指紋認証が!─これで終わりだァァァァァ!」


 合宿での俺の朝は毎回こんな感じにテンションが高い。テンション高くなきゃ、全員分の飯作れないからな。


 足早に着替えてから、部屋を出た。踏み出した1歩目から料理長として朝食を考え始める。


 時間は朝5時半。部活のヤツらが起きて飯食うのが7時だろ。飯炊いて、味噌汁作って、おかずは卵と焼いたハムとかでいいか。


 ん、手抜きじゃないかって? 数十人規模の朝飯昼飯夜飯作るんだぞ。朝はこれぐらいがいいし、何よりあんまり食べない奴のことも考えないといけない。


 こんぐらいが丁度いいんだよ。過酷な練習で吐かれても嫌だしな。


 昨日渡された資料にある食材を、どう調理してやろうかと考えながら食堂へと歩く。窓から差し込む薄暗い明るさに夏だなぁ、なんてことが頭に浮かんだ。


「どうせ俺が1番最初─あれ? 」


 この食堂に来るのは俺が1番乗りだと思ったんだけど、どうやら先客が居たようだ。手伝ってくれるおばちゃん達でも、鈴音や沢渡でもなくそこに居たのは。


 安心院だった。


「ふむ、やはりそんな顔をするか。そんなに驚きか? 私がここに居るのが」


 挑発めいた笑顔と共に、そんな事を言う安心院。まぁ驚いたのは事実だ。なにせ、安心院と食堂という組み合わせは死ぬほど似合わない。


 どれぐらい合わないかと言うと、寿司をミルクティーで飲むぐらい合わない。いや、その組み合わせ好きな人が居たらめっちゃゴメンだけどな?


「そりゃそうだろ。去年お前が飯食う以外で居る所なんて見た事ないぞ」


 安心院はなんでも出来るように見えてそうでは無い。文武両道なのはマジで認めるが、生活能力が一切ない。


 身の回りは執事がやってくれるし、飯はいつも最高級の超うまい飯が勝手に出てくる。財布の中にはカードか万札が入っているからお釣りという概念がない。


 素で『お釣りは結構』とか言っちゃうタイプ。マジで羨ま─羨ましい。


 だから俺も別に料理関係、家事関係で安心院を頼ったことは無いんだけど、これは一体全体どういう風の吹き回しだ。


「私とて用もなく、ここに来ない。君やセバスチャンと比べて何か出来るなどと、そこまでおこがましくはないさ」

「いや、安心院そこまで自分を卑下するのは......」


 さすがにそこまで言うこともないだろうと、フォローを入れたんだけど。


 じゃあなにか作りますかと、ブンブンと腕を振る安心院に対して全力で止める羽目になった。フォローって難しいんだね。


 俺、ここで初めて学びましたよ。


「んで、結局何しに来たんだよ? 口元に歯磨き粉付けて」

「な!?」


 そんなこと言いながら、安心院は口元を拭った。慌てて出てきたんだろうか。


 その後、頬を染めた安心院が照れたような表情でこちらを見つめる。目は少し潤んで、口元は何やらモニュモニュと忙しなく動いていた。


 上目遣いで見られた安心院の顔は、俺がこいつと出会ってから初めて見せる年相応の女子の顔。


 ドキッともしたが、あまりにも無防備なこいつの顔を初めて見れた嬉しさで思わずはにかんだ。


「はは、お前もそんな顔出来んだな。可愛いじゃん」

「むむ、私とて花の女子高生だぞ。」

「花の女子高生の財力と能力じゃねぇんだって、全く。んで、結局ほんとにどうしたんだよ?」


 話の本題は安心院がここに来た理由だ。何かあったんじゃないかとも思ったが、安心院が取り乱すならもっとわかりやすいはずだ。


 俺の問いかけに返答せず、安心院は俺の事をジロジロと眺めてから笑顔になった。


「いや、君に会えたらなと思っていただけだ」

「ッ......。はいはい、いつものやつな騙されんぞ!」

「ふふ、君といると本当に退屈しない─お、生徒会の面々が集まってきたな。」


 安心院の言う通り、廊下の磨りガラスの向こう側からは数人の影が現れた。その人影はすぐに食堂の扉を開ける。


 生徒会の面々は俺と安心院を見つけると、よく分からない俺への暴言と安心院を崇拝するような言葉を述べ始める。


 なんだこいつらほんとに。目玉焼き潰してやろうか!


 まぁ去年からの付き合いのやつもいるからこの扱いは慣れてはいるんだけどさ......。


 その中に一際小さな女子を見つけた。


 沢渡だ。


「さ、沢渡。お、おはよう......」

「お、お、お、おひゃようごじゃいます!!! あたっ!」


 あまりにもテンプレートすぎる噛み方、そして焦るあまり変な所で躓き転ぶ姿。その見事な流れに俺は思わず笑いそうになってしまいながらも、沢渡に手を貸す。


「昨日の事なら俺は気にしてないぞ。心配してきてくれたんだろ? きっと」

「あ、ありがとうごじゃいます......」

「昨日手伝ってくれてから、密かに期待してんだ。頑張ろうぜ朝食作り。」

「は、はい!」


 照れながらも笑う沢渡を引っ張って起こして、安心院を見る。


 そこには欠伸をしながらも、楽しそうに生徒会役員と話すあいつの姿がいた。たまにはいいもんだろ、早起きもさ。


 そう思いながら、俺達は朝食作りを始めたんだった。

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耳かきから始まる俺の学園ラブコメというのは、やっぱり何かおかしい。 ホタテガイの貝殻 @hotate_kaigara

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