第46話 ホント勘弁してください!!!
「ほんとごめんね─」
甘い囁きで行われる謝罪の言葉。俺の右耳に飛び込んできた甘美すぎるご褒美のような何かの後、滑らかな指先が耳に触れた。
「うわぁ......」
なんとも情けない声を出してしまうが、そりゃそうだろ。風呂後で血行がいい耳に、肌触りの良い滑らかな指先がダイレクトに感じるんだ。
気持ちいい以外の選択肢が浮かばない。
「せーんぱい─」
頭に浮かぶ、もう死ぬのでは俺? という考え。いやもう既に心臓止まったあとの世界なのでは?
今度は左耳をぺたぺたと触られる。小さな手で揉みほぐされるようにされて、俺は自然と目が細まってしまう。
鈴音と沢渡の両サイドに挟まれた俺は、この世界で最も幸せなハンバーガーだろう。大手メーカーは美少女サンドを作ればいいと思う。
そんなアホな事考えてるからか左耳では雑魚雑魚言われている気がするが、今の状態で何を言われても心地よく感じてしまう。
全世界がこうされたら身動き出来ない。出来ないよね?
こんな体勢で、美女2人をはべらせている現場を誰かに見られたらマジで殺される事案なんだけどさ。
途切れそうになる意識を振り絞り、扉を確認した。うん、鍵は閉めている。これで誰の邪魔も......。
じゃないだろ! 篠塚遥斗!!!
このまま為す術なく耳を触られるのは非常にまずい気がする! 主に下半身に血が巡りかけない!
なんならもう半分ぐらい─。
「み、耳垢少しできてるぐらいだから大丈夫そうね!」
「うわっ!」
とんでもない事を再認識しそうになった俺に、普通の声量の鈴音の声が響いた。
危ない。マジで意識がはるか地平線に飛ぶとこだった。もう脳内イメージではナイフとランプを鞄に入れてた。
「ええ〜もう終わりなんですかぁ〜?」
やっぱりというか、予定調和というかいつの間にかメスガキモードになっている沢渡が口角をあげながらそんなことを言っている。
この調子だと『あたしはまだ残ります〜』でも言いそうだ。
「あたしはまだ残ります〜」
言ったよ。なんなんこいつ可愛すぎか。
それに対して驚く鈴音。そりゃそうだ、あんなおっとりした沢渡がそんなこと言ったら誰でもアホみたいな顔になる。
なんなら服も変わってるし、なにこれ魔法?とか思うのは誰しもが通るだろう。
「な、何これ魔法? 」
サキュバスのお前が言うな!
でもまぁサキュバスってそういうもんなんだよなぁなんて思ってる。思うようにしました。出なけりゃこんな神シチュエーション降ってこないだろ?
「まぁまぁ、2人とも今日は遅いから、もう部屋帰って寝ろ」
震える声で漸くマトモな言葉を言えた気がする。それに対して、また一悶着あると思ったが......。
「はーい、ふわぁ」
「......」
意外にも沢渡は、素直に返事をする。欠伸から察するに、かなり眠いんだろう。じゃあなんで来たんだよって思うけども。
鈴音から何も聞こえないのが、不思議ではあるけれども。
なんで声から2人のことを考えてるなんて思ってんだろう。そりゃそうだ。
現在俺は、彼女たちに背を向けながら話しているので、どんな顔をしているのかは分からない。
一心都合上というか主に下半身的な問題で、とても素早い動きで背を向けたのだ。はぐれてる訳でもないのにこの速さ。自分でも驚いた。
「それじゃあ、おやすみなさい〜」
そんな言葉で沢渡の気配が消えた。多分本当に帰ったんだろう。メスガキモードでも眠気には勝てないらしい。
問題はそこじゃなくて.......なんでまだ居るんですか......。
鈴音さん?
俺今そっち向けないのに!
この微妙に気まずい空間がいつまで続くのかと、内心冷や汗をかいていた時だ。
不意に、背中に暖かい感触と重みを感じた。
「ごめんね、ほんと」
「もういいって......ホント勘弁してください......」
風呂上がりのシャンプーの匂い。暖かい体と、浴衣からでも分かる女性の体の柔らかさ。声にも出たが、正直本当に勘弁して欲しい。
いやもちっと続けて欲しい気もするけど......。
「最近、楽しいの」
「えっ?」
思わず振り向きそうになったが、背中合わせだから鈴音の顔を見ることは出来ない。ただ、いつもより優しいようなそんな声色。
これ俺今聞いていいやつ? 空気的に良いこと話す感じだけど、肝心の俺の下半身は今すごいことになっているんだが?
「それもこれも、少しだけ、ほーんの少しだけ......遥斗のお陰かも」
「そっか......」
お世辞なのかどうかも分からない。けれど相手のこんな純粋な好意を、簡単な言葉で片付けてしまうのは。
なんだろう違う気がする。
少しだけ緩んだ頬を引き締め直して、考えてることを素直に話すことにした。すっげぇ恥ずかしいけど。
「鈴音にそんなこと言われるなんて、かなり、というか超嬉しいぞ」
学校での鈴音は良くて悪くて高嶺の花すぎる。等身大の友人が今までいなかったんだろう。
それでもこの合宿で、あの安心院とも仲良くなれたんだ。
きっとこれからどんどん輪が広がると思う。
「そ、そう?」
「それは鈴音に余裕が出来てきたからだろ。それが俺のお陰かもしれないなら......その......なんだ......。やっぱ嬉しいな。」
......なんだこれ。何だこれ!? 滅茶苦茶恥ずかしい!
悶える体を必死に押さえつけている俺を知ってか知らずか、鈴音は空を切るように立って壁の近くに急いでいく。
びっくりして鈴音の方を見ていたら、鈴音も少しだけ俺に顔を向けた。その顔はほんのりと赤みがかかっていた。
お風呂のせい......だよな? そうだよな?
「お、おやすみ遥斗......!」
「お、おう。おやす─聞いてから行けよ......はぁ。」
大きくため息を付いて鈴音達がいた場所を眺め1人で悶えてしまう。健康的な男子高校生には本当に厳しい。
もうほんと耐えるのがやっとなぐらいだ。とうの昔に、温くなったサイダーでこの火照った体と脳を冷やしてくれるだろうか。
ほとんど効果も期待しないで、俺は再度喉を濡らした。
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