第45話 怒りとかも飛んでいくよねって話
「ふぅ......」
合宿、そして泊まり込み行事の醍醐味といえばこの世の性癖ほどあると思う。
まず宿泊地に泊まる前の合流だろ? この時点でもう楽しいし、ワクワクする。そんでもって目的地に向かう途中での会話、行動。
そしてみんなで同じ夕食を食べる。本当に楽しいよな。
ただし風呂、テメーはダメだ。
なんで風呂であんなに騒げんの? びっくりしたわまじで。というかやたら筋肉を見せびらかしてくる運動部、というか野球部の現キャプテンは何しとん?
「お前筋肉ないなぁ!」
ってベタベタ触るな! まーじで鳥肌たつわ。んでもってその後の部活対抗サウナ大会になぜ俺を入れるんです? 関係ないよね? 関係ないよね!?
おかげで風呂場から解放されて自室に戻る頃には時間が九時を回っている。あの時、先生が注意しに来なかったら朝を迎えていただろう。ガチで。
溜息をつきながら部屋に備え付けられている小さな冷蔵庫からサイダーを取り出して、喉を鳴らした。
はぁ。風呂上がりの炭酸は体に染み渡る。
この合宿地は旅館だ。なので普通に着物が置いてあるし、部屋に戻るといつの間にか布団が敷いてある。
窓辺辺りに置かれている机とテーブル。なんで旅館のここはこんなにも居心地がいいのか。謎である。
そうして少しだけまったりとしてから、机の置かれたカレンダーの今日の日付にバツ印を書き入れる。
そして金曜日に『Xday』と赤文字で書いた。
もちろん、俺の耳かきの事だ。月曜日である今日から数えてあと数日後、俺の耳は限界を迎える。
事前にこの合宿での耳かきの事は、鈴音に話をつけているので、俺も耳かき道具一式を持ってきてはいる。
いるのだが、問題はどうやって100人単位の生徒の目を盗んで、鈴音をこの部屋に連れ込むかだ。
......。言い方ミスった。訂正していい? いいの? ありがとう。
どうやって部屋に忍び込んで貰えるかだ。ちなみに別に家に帰ってからでもいいじゃんという声もあるが、きっと俺は海へと入る。
そうすると、海水の中に含まれたなんかあれなアレが大変なことになる気がする。
いや海に入らなきゃいいじゃんって? 俺も楽しみたいじゃん! 仲間はずれは勘弁してくれ。
そんなこんなで、一人でやることもないのでスマホに目を移し始めた。
現代社会ではこうなるだろう。特にやることもないし。
ふと、動画サイトで最近忙しくて聞けていなかった『猫の小判』さんのページへ自然と指が動く。
この人は俺がハマっているASMRが超うまい人だ。前にも話していたけれど。
そうして見れていない動画をある程度漁っていたら、突然。
「「あっ」」
「え゛」
お 分 か り い た だ け た だ ろ う か ?
狭い一室、スマホを弄っている男子高校生の部屋に美少女の顔が二つ。そう本当に二つ顔が出てきたのだ。
厳密には上半身とも言えるだろうか。驚く顔が三つ。
鈴音と、沢渡と、そして俺だ。
人間はびっくりしすぎると、声も出なくなるらしいが、どうやら俺は違うらしい。頭に浮かぶ大量の疑問符と、少しの怒りが込み上げてならない。
「「お、お邪魔しま─」」
「ちょっと待て」
「「えっ?」」
仲良しなのか、波長が合うのか分からんが同じように素っ頓狂な声を上げる二人に俺は有無も言わさず、目の前に呼ぶ。
おずおずと座って互いにチラチラと気まずそうに眺める二人を眺めながら、俺は少し溜息を着いた。
「はぁ......で、なんで部屋に来た?」
「「そ、それは......」」
このままじゃ埒が明かない。なのでまずは、鈴音から聞くことにする。
俺に名指しされた鈴音は、ビクッと肩が跳ねた。きっと今の俺は目が据わっているんだろう。自分でもビックリするぐらい、静かに怒りを感じるもの。
「いや、その、今日色々頑張ってくれたみたいだし、そのお礼と耳の具合を見ようかなー......って思ったん...だけど......。」
どんどん小さくなる声。後半はほとんど俺の耳じゃ聞き取れない。これは耳垢がどうのこうのとかじゃなくて、純粋に鈴音の声が小さくなっているだけだ。
「美々も......同じです......。」
隣で小さく震えながら沢渡も小さく頷く。つまり二人は一応俺の耳とか、今日の労いを込めて部屋を尋ねてきてくれたのか。
頭をガシガシとかいてから、少しだけ頭を冷やす。来た方法はあれだが、まぁうん。
もう涙目になっている二人に視線を合わせるように、俺は膝を着いて静かに話し始めた。
「正直、壁から出てきた時は死ぬほどびっくりしたし、心臓止まるかと思った。」
スルーしていたが、サキュバスって壁抜けできるんか?それが魔力を使った魔法とかならとんでもないが......。
静かな二人に俺は続ける。
「出来ればもうしないで欲しい。それか前もって連絡...とかな。プライバシーもあるからさ」
俺が男の子特有の、夜のその、アレをしていた場面を見られた事を妄想して、それはそれは血の気が引いた。
「でも、二人が俺の事を考えて来てくれたことは正直物凄く嬉しい。」
「ほんと......?」
「ああ」
これは俺の本心だ。だってそうだろう? 来ること、やることが当たり前みたいに思われることも多くある中でそれでも労いに来てくれたんだ。
だから本当にそれは嬉しい。
「だから、今回はこれでおしまい。俺は長引かせるつもりは無いからな。」
「ほんと?」
「うん。」
確認しても、それでもまだ不安な二人。確かに頭に血が上って怒りすぎたのかもしれない。
俺は、しょぼくれた二人の頭を優しく撫でた。
「「!!!」」
「あ、やべ......」
昔妹にしてたみたいに頭撫でてしまったけど、これ実際は死ぬほど引かれるやつでは!?
あわあわとしてしまう俺だが、満更でもないような二人に少しだけほっとした。
その時だった。
「うわっ!」
「キャッ!」
突然の出来事だった。立とうとした二人が俺に覆い被さるように、上になる。きっと慣れない正座で足が痺れたんだろう。
俺も俺で、前転みたいな感じの体勢だったから、二人を受け止めきれず後ろに倒れてしまう。
やばい、これは非常にまずい。
今気がつくというなんとも情けないことだが、二人は浴衣姿に着替えている。ほのかにはだけるような胸元が妙に艶めかしい。
鼻につく女性特有のシャンプーのいい匂い。きっと旅館のものじゃなくて持参したものを使っているのだろうか。
紅潮した二人の美少女の顔に、自然と頭が登りそうになる。
「ち、ちょっと─」
この危ない体勢と、危ない下腹部へと流れる血を考えながらその場をどうにか抑えようとした時。
俺の耳に甘美な声が響いた。
「ごめんね、ほんとに......」
......どうやら、俺の長い一日はまだ終わりそうにないらしい。
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