第42話 合宿スタート

「うわぁ、綺麗!」


 白い砂浜と輝く海。そして鬱蒼と茂り、太陽からの輝きを反射するように健やかに育つ山々。


 海と山に挟まれた場所にこの合宿場は、存在する。俺達のバスが最後だったらしく、俺たちの他には様々な部活動が待っていた。


「こうしてみると、やっぱり圧巻だな」

「それはそうだろう。数多くの部活動のほとんどがこの地に来ているのだ」


 颯爽と降りていく安心院。そして全員が整列している前に置かれている朝礼台のようなものに乗る。


 そして去年と同じように、禁止事項を口頭で伝えていった。これは前もって配布されているパンフレットに書いてる内容だが、まぁこれはやっておくべきことだろう。


 地元の人のご好意で利用させていただいている施設だ。何かあってからでは遅いだろう。


「では、私からの言葉は最後とする。そして今年も我が校の誇る料理長がやってきて下さった。ささ、どうぞ!」


 料理長という名前を聞いてはてなマークを浮かべる鈴音と沢渡。そして部活の新一年生。そりゃそうだろ。


 高校で聞くには馴染みの無い言葉だからな。俺は鈴音に自身の帽子を深く被せて、引っ張るように安心院の居た場所へと歩き出す。


 ほんとびっくりするよな。


「え、えーと今ご紹介されました、皆さんの食事を作る二年の篠塚です。料理は俺とか生徒会の人とか、あと地元の人とかやりますけど、ひとまずよろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げて、このまま終わるかと思ったら......。


「篠塚ー!!! 去年のやつやってくれぇ!!!」


 げ、やっぱりこんな展開に!


「そうだそうだー!」

「俺たちの夏はそれがねぇと始まらねぇぞぉ!!!」

「がんばれー遥斗くん!!!」


 ちゃっかり列の中に居る雅もそんな野次を飛ばす。なぜ、雅が居るのかは、後での割愛にしよう。


 はぁ、だから嫌なんだよ。でもこのまま何も言わずに帰ったら、安心院や野球部のキャプテンが何を言い出すか分からない。


 やるか。


 俺は気持ちを引き締め、大きく息を吸った。


「てめぇらァァァ! うまい飯が食いたいかァァァァァァ!? 」

「うおおおおおおぉぉおおぉぉぉおお!!!」


 真夏の太陽にも負けない怒号にも似た声がその場に響き渡る。驚く鈴音、ビビる一年。でも止まらないし、もう止められない。


「何がァァァァァ食いてぇぇぇぇぇ!」

「唐揚げ!トンカツ!オムライス!」

「まだまだ足りねぇぉぉぉぉぉぉ!!!」

「ラーメン!チャーハン!唐揚げ!」


 そして大きな波のようなウェーブが、部員達から巻き起こる。びっくりするだろ。打ち合わせなしでこれだぜ。


「じゃああああああ死ぬ気で練習しろぉぉぉぉぉ!!!分かったかァァァァァァァァァァ!!!!!!」

「「「かしこまりましたァァァァァ!料理長!!!」」」


 その後に沸きあがる拍手と、掛け声。鈴音や一年は何が起きているのかは分からないが、察しのいい一年は先輩に交じって声を出す。


 俺はゼェゼェと息を吐きながら、ゆっくりと頭を下げた。


「えーご清聴ありがとうございました。ここから今年はサプライズゲストも来ています」


 その言葉にどよめく部員。ほんとノリがいいな。怖いぐらいだ。


 そして俺は鈴音の方へ親指を立てて、歯を見せて笑う。


「え、何、どうゆうこと」

「タダで遊んで帰れると思うなよ?」


 そうして俺は鈴音の帽子を奪い取った。


「「「え」」」


 どよめいた部員達の声、行動がピタッと止まる。それは波紋のない湖畔のようでとても静かだ。


 先程の馬鹿騒ぎしていた連中とは思えない。


「鈴音、なんでもいいから適当にやる気出す言葉言ってやれ(こしょこしょ」

「やる気出す言葉って何よ! 考えてないわよそんなの!(こしょこしょ」

「あーとりあえず頑張れとかでいいんじゃないか!? (こしょこしょ」


 小さな声で短くやり取りし、俺は距離をとる。何やら文句を言いたげな様子だったが、小さく深呼吸をしてから引きつった笑みを浮かべた。


「え、えーと、頑張って......ね?」


 鈴音懇親の一撃。あざとらしく小首を傾げながらも笑みは崩さない。まぁ引きつってはいるけども。


 そんな鈴音の一撃をくらった部員達は、一瞬止まったあと。


「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」


 せき止められていた川のように氾濫した。


「鈴音様ァァァァァァ!!!頑張りますぅぅぅぅ!!!」

「生きててよかったァァァァァァァ!」

「今年の夏が始まったぞぉぉぉぉぉ!」

「おいテメェら、厳禁すぎんだろ」

「うるせぇ料理長、お前と鈴音様ではレートが違うんだよ!!!」


 騒ぎに騒ぎ、俺の時とはまた違う興奮の渦を巻き起こしながら部員達は踊る。ほんとなんなんだこいつら。


 ふと、鈴音と目が合った。


「ニコッ」

「ヒェッ......」


 先程の笑顔とは段違いに満面の笑みの鈴音。だがそこには握りしめられた拳と、『お前後で覚えとけよ』的な雰囲気が漂っていた。


 その後ろで安心院の『これは凄いな』との言葉を聴きながら、今後に待ち受ける恐怖に身を震わせる。


 今年の合宿のスタートだ。

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