第三章
第41話 出発
重苦しい程の重厚感に満ちた生徒会の文字が踊る。一般生徒である俺が、何度ここを出入りしていることか。
そしてその全てが同じように、嬉々とした気分でここを出ることは無かった。今日という日も同じことだろう。
「はぁ......」
入らずに帰ることが出来たらどれほど嬉しいだろうか。夏休みの前ということで全校朝礼、もといテンプレのような説明を受けて喜ぶ生徒たち。
そしてホームルームの為に戻った俺の机の上に置かれた果たし状のような手紙。嫌な予感がしたが、これをスルーしてしまったが最後とんでもない事が待ち受けているだろうという予感。
その手紙の主が、この扉の前で待っているのだ。足早に帰る生徒や生暖かい目で送り届ける教師の視線を受けて俺はここに来ていた。
「うし、行くか」
そうして俺は扉を開けた。
生徒会室。どこの高校にも絶対あるような場所ではあるが、ここまで会長の趣味が混雑した場所はないだろう。
素人目でわかりそうなほどお高い茶器や、机や椅子。なぜこんな高校にソファーが置いてあるのだろう。
ソファーを運ぶ人間が驚きながら運んでいたに違いない。
俺に背を向け、椅子に座っていた人物がくるりと俺の方へむく。
日本人形よりも美しく、そこらのアイドルよりもスタイルのいい完璧な存在。だがその腹の中はどす黒く、人をからかう事が生きがいのサディスト。
そいつに俺は声をかけた。
「はぁ、何度も言ってるだろ。連絡してくれれば普通に行くって」
「私は普通に連絡をした筈だが?」
「どこの時代の生徒だよ、お前は!」
「ふふ、そう褒めるな。私とて照れる」
「褒めてねぇよっ!」
俺達が言い合いをしていると、ぬるりと影から沢渡が姿を現す。その手にはお茶が乗っており、まるで俺がこの時間に来ることを想定していたようにも思えた。
あれ、おかしいな。風邪は治っている筈なのに鳥肌が止まらねぇや。
小さく手のひらを振って、生徒会室を後にする可愛い後輩を見送り俺はお茶を飲みながら、答えの知っている質問をした。
「んで、今年もやんのか」
「当たり前だ。我が校の部活動はとても優秀。そして長期の休みである夏休みを利用しない手はない。」
うちの高校の伝統的な『夏休み部活強化合宿』。最初は小さな部活が行っていたが、そのうちどんどん合宿をする部活が多くなり、ならいっそ合同でいんじゃね? となったのが始まりだ。
「今年も料理長、よろしく頼む」
「はいはい」
そしてその多く集まる高校生の胃袋を掴むため、俺が派遣されるということだ。もちろん生徒会も泊まり込みで合宿するし、外部のおばちゃんやらおじちゃんやらと居る。
だが毎年増える胃袋や洗濯をするのに、圧倒的に人手が少なくなってきているのだ。
俺は俺として、泊まり込みのバイト感覚で手伝っている。学校から金が出るし、何より衣食住が約束されてるからな。
安心院の命令でなくても断る理由はない。
「今年は良い波が期待できそうだ」
「......遊びに行くんじゃないぞ?」
一抹の不安を覚えながら、俺は生徒会室を後にした。
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そして数日後、旅行カバンを引っ提げた俺。そしてサングラスをかけた鈴音が高校前で待っていた。
うん、本当になんでいんだろこいつ。
「今年の夏が私を待ってるわ!」
しかもテンションやたら高いし。ほんとなんなん。
そうして夏の陽射しを避けながら日陰で待ち数分。大きなバスが目の前で止まった。ほんといつ見てもくそでけぇ。
そこから慣れたように降りてくる安心院。へそを出した南国のような衣装に身を包み、大きな麦わら帽子とサングラスを付けていた。
腕とか伸びそうと思った感想は、心の中で止めておこう。
「時間ピッタリ、流石だ」
「うるせーよ、はよ乗っけろ」
「ん? 隣の女生徒は......鈴音さんではないか。どうしてここに?」
学園のアイドルと言うべき存在の鈴音が凄いのは言うまでもないが、今回は安心院の方だろう。
こいつは全生徒の名前と顔を覚えている。鈴音が有名だからでは無い。安心院は誰に対してもこうなのだ。
「会長、私と話したことあったっけ?」
「いや、でもまぁそこは置いておいて。君はどうして?」
「私も着いていくわ!」
バンと無い胸を貼りながら自信満々でそんなことを言う鈴音。バスの中に居るであろう生徒会役員が湧いているのであろう。
ギャグ漫画のようにバスが上下にわっしょいしている。
そんな宣言を受けた安心院が、やれやれと言ったように頭を抱えてから言葉を話した。
「鈴音さん、君なにか得意な事は?」
「耳かきね!」
「肉体的接触は好ましくない、却下だ。料理は?」
「多大な犠牲を払っていいならお粥を作れるわ」
「ふむ、分かった。クビだ」
「な、なんで!? 」
逆になぜ今の自己PRで行けると思ったのか。というかお前それでバイトクビに散々なってただろうに......。
涙目で付いていくと訴える鈴音に対して、真剣な眼差しで安心院が言い放った。
「遊びに行くのでは無いのだぞ!」
ひゅーと風が二人の間を通る。鈴音は何言ってんだという顔だし、多分俺もそんな顔してると思う。
「お前が一番楽しそうじゃねぇか!」
「む、何を言う篠塚。私はどこまでも真面目だぞ。真剣に部員達をサポートし、真剣に遊ぶのだ」
こうも堂々と言い張られては、何も返せない。バスの中の役員達も『流石、会長です!!!』と涙を流している奴もいる。お前らは何を見ていたんだ。
助け舟でも出した方が良さそうだな。
「安心院、俺の推薦ってことでどうだ?」
「ふむ」
「安心しろ、多分お前も驚く働きをしてくれるぞ」
「?」
「本人は疑問顔だが、ふむ、まぁいいだろう。」
そう言って華麗に指パッチンをすると、バスから執事風の老人が降りてくる。
「セバスチャン、荷物をバスへ」
「かしこまりました、お嬢様」
慣れた手つきで俺達の荷物をバスへと入れると、俺の前へ立つ。セバスチャンはこれでもかと刻み込まれた皺でジロリと睨むように眺めた。
まるで品定めでもしているようだ。緊張が体を突き抜けるのと同時に、セバスチャンの顔に満面の笑みがこぼれる。
「これはこれは篠塚様、お久しゅうございます。」
「セバスさん、顔怖いって」
「最近、老眼が酷くなりまして。」
もちろんこの絡みも去年振りだ。安心院のでけぇ家が所有するこのバスと執事。鈴音は驚いて顎外れてるみたいだけど、まぁ俺も初めて見た時は驚いた。
「では向かうとしようか」
その一言で俺達はバスへと乗り込む。思いがけない鈴音の登場に生徒会役員が沸き立つ中、俺達は県外の施設へと向かっていったのだった。
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