第40話 夏休み直前
「ぐあーーーー、はぁ、よく寝た。」
手元の温度計を見ると、完全なほどに平熱。体の疲れも全て嘘のように吹き飛んでいる。俺は颯爽とベッドから飛び起きると、スキップのように階段をおりる。
なんて気持ちのいい朝なんだ。昨日鈴音という超絶天使が俺の事を看病してくれたらしい。
昨日のことはあまり覚えていないけど、鈴音の出したお粥がまさかの普通に食べられる代物だったので、驚いたことは覚えている。
昨今のラブコメヒロインは鈴音を見習え。なーにがメシマズ料理を出すのがテンプレだ。そんな風習俺が天ぷらにしてやるよ! ってな!
ご機嫌な様子で鼻歌を歌う自身の気持ち悪さを洗面台で確認してから少しだけ正気に戻った。そんな所で、鈴音が階段から降りてくる。
「あ、おはよう。昨日は迷惑かけたな!」
「え、あ、ああ、うん。だ、だ、大丈夫なの? 体は......。」
なんだか赤らんだ顔を下に俯かせながら、そんなことを言ってくれる。余程心配させてしまったのだろうか。
「おう、体調もすこぶるいいし、体温も平熱だ。所でお前こそ顔が赤いけど大丈夫か?」
「あ、へ、だ、だ、大丈夫よ!!!」
焦る様に、俺の先を行こうとする鈴音の背中に苦笑する。あんな感じなのに、大変な時はすごい頼りになるんだよなぁ。
一緒に居てくれるだけで心強いってのは、いわば才能だと言っていいだろう。
「鈴音、ありがとな本当に助か―」
「今なんて......」
ガシッと肩を掴まれるが、その力が強すぎる!
推定握力600!!! ゴリラ、まじゴリラ......いてててててててて!!!
「痛いです! 鈴音さんまじ痛いっす! 」
「す・ず・ね? 昨日のはなんだったのかしら?」
にこやかに笑ってそう言う鈴音。だけどもその顔は般若も裸足で逃げ出すようなそんな形相だ。オマケにゴリラみてぇな握力。
コイツマジで怖い。というかなに、鈴音って呼んだらめっさキレてるんですけど!?
昨日の俺は一体何をしたんだ。いや、ナニをしたんだ!
慌てふためく俺の肩からそっと手が離れ、ため息を吐いてブツブツと呟きながらリビングへと行ってしまう。
「昨日のはなんだったのかしら......名前で呼んでくれたと思ったのに......。」
訳が分からず俺は鈴音の後を追ってリビングへと足を踏み入れる。するとそこには......。
「な、なんなんだこれは......!」
「あ、片付けるの忘れてた」
一般家庭のあるようなリビングがそこにはあったはず。だが目の前には、卵が弾けたような残骸が散乱し、キッチンに至ってはありとあらゆる調理器具が乱雑に積まれている。
床に滴り落ちる洗剤と水。えも言えぬような臭いが辺りを充満している。
地獄絵図。というか煉獄のような風景はこんな所を指すのだろうか?
「鈴音?」
「......」
俺から顔を逸らし、何やら汗を流しているようだがそんなの知らん。この惨状を作り出すことが出来るのは、鈴音しかいない!!!
俺は鈴音の方へ怒りに満ちた顔を向けながら話しかけた。
「おい、鈴音」
「な、なんでしょうか」
「こりゃ一体どうゆう事だ?」
「は、ははー。いやレシピには米の炊き方とか卵の溶き方も書いてなかったじゃない? だからあれこれやってるうちに、なんか山ができたというか......リビングが荒れたというか......」
モジモジと言い訳を始めた鈴音。米の炊き方? 卵の溶き方? そんなもん書いてあるはずねぇだろうが!
数ある料理下手なテンプレヒロイン達に俺は海よりも深い謝罪を思い浮かべながら、鈴音にその事を伝えた。
反論する鈴音だったが、負けじと俺も言葉を返す。そうしてぎゃあぎゃあと騒いでいたが、登校時間が近づいていたこともあり、やむなく口論は終わる。
朝からカップラーメンという、なんともまぁな朝食を終えてから俺達は急いで家から飛び出した。
一緒に歩く通学路で、鈴音は何やら興奮しているやらはしゃいでいるやら、落ち着きの無い様子だ。
「ねぇ遥斗。明日から夏休みじゃない?」
「あ、まぁそうだな......」
「去年は何も出来なかったから今からすごい楽しみだわ」
「去年......いやなんでもない」
「何よ?」
去年からダンボール生活だったのかという事は聞かずに置いた自分を褒めたい。小学生のようにはしゃぐこいつの顔を見たら、なんだかそんなことを言う気力が無くなる。
そして俺のモチベーションも下がっていく。
「赤点なかったなら、夏休み遊べるじゃない?」
「去年と同じなら、そうとはいかないんだよなぁ、はぁ、憂鬱だ。」
対称的な俺達は少しだけ急いで学校へと向かう。ああ、俺の夏休みバイバイ......。
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