第39話 名前
昨日の耳鼻科騒動が終えてようやく俺は、安息の休日を手に入れた。一日だけだが、どうしようかな、何をしようかな。電子書籍で買っている漫画の最新刊がいくつも出ているはず。
テスト前に買ったゲームもいい所で終わっていたよな。とりあえず体を起こして......。
「あれ......?」
視界がぐらつくし、体が妙に重い気がする。ひとまずベッドの上で、体勢を直してから自分の額に手を当てると、まぁ予想通り熱っぽい。
吐息も熱いし、自然と涙が溜まっているようににも思える。何より体が熱いのに、寒気が止まらない。
「あーあ......完全にやったなこれ......」
最近何かと忙しかったからな。鈴音の一件に始まり、生徒会の仕事と体育祭。間髪入れずにテストと耳鼻科のババア。こりゃ疲れてるわけだ。
風呂なんてほぼ入らず、シャワーで軽く洗う程度だったし、常に健康体ではなかった気がする。
とりあえずまだ動く体で、机へと向かおうとした時。
「おっと......あれ?」
視界がぐわんと傾いて、俺は倒れてしまった。そこで視界が急に狭くなり、扉を叩く音を聴きながら意識をゆっくりと手放したのだった。
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「......あれ?」
見慣れた天井が視界に入り、はてなマークが頭で踊る。いつの間にか、ベッドに戻ってる。というよりはさっき見ていたのが夢?
そう思って体を動かそうとするけど、やっぱり体が重い。頭も痛いしクラクラしてきた。どうやら夢じゃなかったらしい。
ゆっくりと体を元に戻して顔まで布団を引き上げると、扉が開いた。
「遥斗! 」
「鈴音......?」
「遥斗大丈夫なの!? 死ぬ? 死んじゃうの!?」
瞳から流れる涙を拭うこともせず、そんなことを言いながら俺のそばに走りよる美少女。ここで死んでしまうとは情けないという声が聞こえるようだけど、勝手に人を殺すな。
「ただの風邪だよ......」
「本当に?」
「ああ......はぁ......ごめん、朝食作れなくて......」
「そんな事いいわよ。薬は?冷蔵庫には冷えピタあったから持ってきたけど......」
そう言われて鈴音を見ると手にはくしゃくしゃの冷えピタ、ボサボサの髪の毛に、目元は少しだけ赤い。
話を聞くに、俺の部屋の前を通ろうとした時に部屋から大きな音が聞こえて入ってみると俺が倒れているのを発見。そこから俺をベッドに移してから家中探しても冷えピタしか見つからず、途方にくれていたとのこと。
そんな鈴音のことを思うと、なんだか胸が暖かい様な、寒気が止まらないような。なんだろう風邪かな? いや風邪だったわ。
「俺の机の二段目の引き出しに、薬が入ってる。あとマスクも取ってきてくれないか......」
言われた通りに引き出しから薬とマスクを持ってきてもらう。その間に冷えピタを貼ると少しだけ気持ちが和らいだ。
「なんでこの部屋に?」
「まぁな......」
両親は基本的に仕事人間、と言うよりかは仕事が忙しく家の仕事は基本できない。それは共働きだからというよりは、親自体の生活能力の無さにある。
料理は焼けばいいとか思ってるし、病気にもなったことが無い超人的な健康人間。しかもその血を色濃く引いているのが姉と妹。俺は家のものからすれば体が弱いカテゴリーに当てはまるのだ。
なので基本的に俺しか薬は使わないということだ。
「呆れた。家族に頼らないの?」
「......」
呆れたとは口で入っているが、心配そうな顔でこちらを見つめる鈴音。そりゃ俺だって頼りたい、頼りたいけどさ。
「長男だからな。自分で出来ることは自分でしないと......。」
それ以外にも理由はある。薬の量が分からない姉と、とりあえずお湯で火を通せばなんでも食えると言って病人にとんでもないものを出す妹。
頼りたいのに頼れないのだ。
「とりあえず、薬飲みたいから体起こす」
「えっ、ちょっちょっと......」
無理やり体を起こそうとする俺を静止する鈴音の掌。なんだか冷たくてすごく気持ちがいい。気持ちも安らぐような気がする。
熱い瞳を静かに閉じて、再び体を布団へと戻す。
「遥斗、台所でさ見つけたんだ。」
「何を......?」
「レシピ本」
レシピ本とは言えない、ただの俺のノートだ。さすがに料理で色々決まるような学校に行くような主人公じゃあるまいし、頭の中に入れられる料理の量は決まってる。
なので書き留めていつでも見れるようにしている訳なんだけど。
「家族の好き嫌いとか、どうやったら食べてくれるとか、全部書いてあってさ」
「......」
「ああ、これ書いてる人ってほんとに家族思いなんだなって。その中に私のことも書いてあるのは少しだけ照れたけど......」
「......」
「遥斗、あのね。もっとあんたは自分を大事にしていいのよ?」
「......」
冷たい手のひらが、ゆっくりと俺の頬に重なる。目頭が熱くなってしまうのは体が弱っているからなのか。
それでも、それでも俺がやってきたことと、俺の事を心配するこの子が愛おしく思って仕方がない。
「それ見て頑張って作るから...少しだけ寝ていてね?」
「......」
瞬間的に触れていた手のひらから小さな淡い光が飛び交う。今まで息をするのもきつかったのに、それが和らぐようだ。
なんだか子守唄を歌われている様なそんな気持ちになって、瞼が重くなっていく......。
「ああ......そうするよ......」
「そう。待ってて―」
「ありがとう......千花」
最後になんて言ったっけな。でももういいか。
俺はこの安らぐような眠気に目を閉じたのだった。
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