第37話 試験勉強とココア

 体育祭は無事終了を終えた。全生徒が超接戦の末、まさかの引き分け。その熱きに渡る戦いを見守っていた教員や保護者はその健闘に涙し、号泣する生徒も多く今回も体育祭は大成功と言えるだろう。


 俺? もちろん号泣したよ? この後行われるあと片付けと、定期考査のことを思い出して。


 そう、イベント事に付きまとう小判鮫のような輩。その名はテスト、定期考査、中間考査etc。


 その名前は言ってはいけないあの人を連想するように、生徒は口には出さない。その代わりに......。


「俺、まじで勉強してないわー(棒)」

「俺も俺もー(棒)」

「ずっとドラマ見てたわー(棒)」

「あたしもあたしもー(棒)」


 この有様である。全員、相手の出方を見ながら目が笑っていない。目が笑っていないのである!


 あるあるだよなぁ。持久走一緒に走ろうぜとか言ってたヤツがめっちゃ全力で走る的な。探り合い、騙し合いが跋扈し出す学校ならではの雰囲気だ。


 正直見てて面白い。


「遥斗くん、おはよ〜」

「おう、雅おはよう。なんだか寝不足気味だな」

「うん、遅くまで勉強しててさ」

「「「な!?」」」


 何気ない顔で席に着いてから大きな欠伸をする雅。自然と目が据わる様な形相になり、完全にヤンキーの出来上がりだ。


「まぁ試験も近いし、もうひと踏ん張りだけどね」

「「なんてことを!!!」」

「え、え、なにどしたの皆」


 慌てふためくようにクラス中が騒ぎ始めた。まるでこの世の終わりのように涙を流しながら必死に叫ぶ男女。


「くそう、言わずにおいたのに!」

「その言葉を聞くだけでもうおりゃ夜も起きれなくて......」


 ここまで騒いでいるのには訳がある。赤点があった生徒は夏休み中補習があるのだ。部活があるにしろ、ないにしろ、貴重な高校生活の夏休みを消費させられるというわけだ。


 その慌てふためくさまをまじまじと見つめながら俺はため息をついた。


「遥斗くんは落ち着いてるね」

「まぁな」

「珍しいじゃん。どしたの」

「ふ、雅。」


 伊達に義務教育を受けて数年経つ。試験やテストなども数多くこなしてきた俺にとってはこれぐらいなんともない。


 まだ教員が来ていない。真っ黒で綺麗な黒板を見ながら俺は笑みを浮かべた。


「諦めも肝心なんだよ......」

「ちょ、遥斗くん!?」

「なんで大事な時に新作のゲームや漫画が発売されるんだろうなぁ、だろうなぁ、なぁ」

「セルフエコーかけてる場合じゃないでしょ!?」


 ゆっさゆっさと揺られながら、俺は夏休みへと静かに別れを告げたのだった......。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 いつにも増して真剣に授業を聞く生徒や、範囲を事細かに聞く生徒を置いて俺は自宅へと帰る。


 そしていつものように夕食を鈴音と食べている時。俺はいつの増して真剣な表情で、鈴音を見つめる。


「今日も美味しい〜って、ど、どうしたのよ。」


 その様子に鈴音も箸を止めた。いやに響くテレビの音がリビングをさらに緊張させていく。


「いや、お前に頼みがあってな......」

「た、頼み?」


 ごくんと麦茶で喉を鳴らし、俺の次の言葉を待っているようだ。


 緊張するな。ここまで緊張するのは久々な気がする。


 俺は恥をしのんで、大きく頭を下げた。


「俺に勉強教えてください!!!」

「は、はぃ?」

「赤点をどうしても回避したいんです!」


 いつもの俺ならすぐに諦めていただろう。いや、諦めても無理やりにでも勉強をさせる奴が居るのだが。


 今回は鈴音がいる。頼む、お前が最後の砦なんだ!!!


 俺の必死の弁明を鈴音は呆れたように聞き流すと手のひらでぽいぽいと払うようにする。


「別にいいわよ。そのくらい。」

「まじか!? お前良い奴だな!」

「アホくらいにチョロいのやめなさいよ全くもう。んで、何を教えて欲しいのよ。さすがに全教科とか無理よ」

「さすがにそこまでは頼めねぇよ。数学と化学を教えてくれ。俺は根っからの文系なんだよ」


 よく言うだろ。国語は答えが乗ってるとか、英語は暗記してれば何とかなるとか。


 でも理系はそうはいかない。マジ無理。なんでグラフ作んの? 点Pは基本動くし、反応とかマジでわからん。


 鈴音は小さくまぁそれぐらいならと小さく呟いて、食器を洗いに行った。そして自分たちの部屋へ戻って一時間後。


 歯磨きや風呂やらなんやらを済ませた俺達が、再びリビングへと集まる。そう、集まったのはいいのだが......。


「す、鈴音さん」

「なによ」

「えっと眼鏡かけるんですね......」

「勉強とかの時はね」

「お、おうふ」


 湯上りとはいかずとも、綺麗に伸びた髪の毛と可愛らしいモコモコパジャマ姿。そして赤い眼鏡が、鈴音の可愛らしさを底上げしている。


 こいつが教師であったのなら、俺は万年学年首席を取るだろう。いや、全校生徒の偏差値爆上がりだろう。


 眼鏡フェチでもないのに、そんな同居人の知らぬ一面に胸が高鳴ったしまう。ダメだ、直視したら俺がやられる......!


 話題を逸らそうと俺は勉強ができる理由を鈴音に聞いた。


「勉強ができると言うよりは、まぁ将来役立つかなって思ってるだけよ。出来ないことができると楽しいし。何より選択肢が増えるからね」

「お、おう。なんともまぁ現実的な」

「悪い?」

「いいや、全然」


 将来のことを考えているのに、お金の管理とかバイトの能力は鍛えなかったのか......。なんとも残念なサキュバスだこと。


「『今、残念なサキュバス』とか考えたでしょ!? 」

「さ、気を取り直して数学の範囲は〜っと」

「あ、話そらすんじゃないわよ!」


 少しだけ甘いココアが、冷めるまで鈴音による授業は続いたのだった。


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