第36話 お弁当

「遥斗〜見に来たよぉ」

「ふむ、いい活躍だったぞ。遠路遥々来てよかった!」

「遥斗くん〜お腹すいたよぉ〜」

「遥斗遥斗! 雅くん呼んできなさいよ!」

「......」


 うちの高校は、中学生のように保護者が見に来たり一緒にご飯を食べるというイベントもある。


 勿論クソ忙しいので来れない家族も大多数いるが、うちでは毎年家族総出でこの体育祭を見に来ている。


 体育祭だけじゃなく、文化祭などにもだ。俺の姉や妹の学校行事も欠かさず行っているという、まぁなんとも家族仲がよろしい感じなんだ...けど......さ......。


「だからいつも言ってるだろ! 来るなら連絡寄越せって!」

「遥斗くん〜、もぐ、この卵焼き甘くない〜」

真希まきねぇ、勝手に食うな! というかそれの右隣がいつもの甘いヤツだから!」

「遥斗、はやく雅くん呼んできなさいよね」

花音かのん、お前はいつもそればっかりだな」

「む、遥斗。校長殿はどこに居られる。私から挨拶をせねばならん。」

「母さん、いつも挨拶しようとすんのもうやめろってまじで......」

「遥斗〜お父さんの好物も作ってくれたんだね〜ありがと〜」

「父さんも、大黒柱なんだからもっとシャキッとしろって」


 あーだこーだと言いながらいつものように会話が飛び交う。


 これがこの街名物の篠塚ファミリーだ。内気な父と勝気な母。そして自堕落な姉と、兄を使いっ走りする妹。


 何が腹立つって父さん母さんはいいとしても、俺の兄妹達の外見が整っているということだ。身内の贔屓目無しでも、そこら辺の女子よりは可愛いし美しいと思う。


 小中高、こいつらへのラブレターや告白の伝言を俺がどれだけさせられたか......。なぜにこうも遺伝子は俺を見放したのか。神見てるか、お前に言ってんだぞ。


 何も言わずに現れ、何も言わずにシートを引いて勝手に俺が作っている弁当を食べている家族。


 ああ、なんだかなぁという気持ちが込み上げる。


「んで、いつ出発すんだよ」

「うむ、今日中だ!」

「はえーなおい!」

「まぁまぁ、何とか仕事を切り詰めて逃げるようにこっちに来たからさ〜」


 暴風一家とはこの事であろう。お天気お姉さんでも、こいつらの進行方向は読めない。


「ん?そういや―」

「どうしたの〜遥斗くん〜」

「いや、ちょっとな。俺思い出したから」

「ちょっと遥斗どこ行くのよ? せっかく―」

「雅連れて来るから勘弁しろ」

「え!? 雅くん!?」


 適当に妹をあしらいながら、俺はいつもの学校弁当を手にしてその場を去った。


 あばよダチ公、お前の犠牲は忘れないぜ......。今後飲み込まれるであろう人柱と、姿の見えないあいつを探しに学校へと歩みを始めた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「よっす」

「え......あんたどうしてここに」


 人気のない校舎裏。意外と誰かがたむろしている様な場所ではあるが、体育祭ではほとんど人気がないと言っても正しい。


 そんな所にポツンと、一人寂しくお弁当を食べている美少女に話しかけた。


「鈴音こそこんな所で何してんだよ」


 学園のアイドル様がこんな所でぼっち飯とは、ファンクラブ会員共が泣き喚くぞ。こんな寂しいお場所で!? とかなんとか。


 俺の問いに鈴音は箸を置いてから、つまんなそーに空を見ながら言った。


「べっつにー。一人で食べたかった......ただそれだけよ」

「嘘こけ」


 そう言ってどかっと隣に座り込む。ちらりと目だけを俺だけに向けてから、そっぽを向いてしまった。


 朝からこんな調子だ。というより、俺が大量のお弁当を朝から作っていることを聞いてからこんな調子。十中八九家族が来るからと理由を話したら、『そう』だけ返事。


 まぁ大方予想はつくけどな。


「あんたこそ、家族で食べればいいじゃない。来てくれてるんだし」

「まぁ、そうだな。」

「今頃心配してくれてるんじゃない?」

「それは大丈夫だろ。雅を犠牲にここまで来たからな」

「え、あんたそれほんとに大丈夫なの?」


 心配そうにこちらを向ける鈴音がなんだかおかしくって、俺は真顔で頷いた。そして自分の弁当箱を開ける。


 うん、やはり天才だな。美味しそうだ。


「......別に気をつかつてくれなくても―」

「気使ってるわけじゃねぇよ。ただ俺が鈴音と一緒にご飯食べたかっただけだし」

「!」


 それを聞いた途端、とんでもないスピードでまたそっぽを向くもんだからツインテールが顔面にぶち当たる。


 女子のツインテールって武器にもなるんだな......。というかめっちゃいい匂いした......。


「なんでよ」

「は?」

「だからなんで私とご飯食べたいのよ! 」

「あーそりゃ―」


 ご飯っていうのは、別に一人でも良いとは思う。好きなテレビ見ながらゆっくりと食べるのも楽しいとは思う。


 でも一緒に食べた方が何倍も美味しくなると思ってるし、知らない発見とか楽しい会話を見つけられるかもしれない。


 それに。


「それに、家族とは何度も食べれても、鈴音とはいつまでも食べれるってわけじゃないだろ?」

「......」

「だったら一緒に入れる時間を増やしたいじゃん? 小っ恥ずかしいけど、まぁそんなとこ」


 パクパクとおかずを口に運ぶ。あー、恥ずかしい。でも、気分は全然悪くない。


「あっそ、きっしょ」

「おい、お前―」

「でも、暖かい......」


 優しい眼差しでお弁当を眺める鈴音の横顔。どれだけ可愛いかったなんて、俺の持ちうる語彙力ではこの尊さを表現出来ないのが妬ましい。


 そうして、穏やかに二人で弁当をつついてから、午後の部のアナウンスが流れた。


 ぴょんと飛び跳ねるように鈴音が立つと、こちらを向かずに言葉をかける。


「何も聞かないのね」

「デリケートな話だったら、ずけずけと行く訳にはいかんだろ」


 家族が来ないというのは別に珍しいことじゃない。というか家族総出で来ているうちが可笑しいまでもある。


 だが娘が居候中とか普通なら親に連絡するだろ。それがないって言うことは家族仲は冷えきっている、もしくはなんらかの問題があるということだ。


「鈴音が話したくなったら聞くし、そうじゃないなら聞くつもりは無いよ」

「あっそ。本当にお人好しね」


 並んで立って、挑発的にニヤリと笑った。


「そのお人好しがいつまで続くかは分かんねぇぞ? 具体的には早く一人暮らしを」

「あーあーあー聞こえなーーい。聞こえませーん」

「あ、おい、逃げるなよ!」


 べろを出して挑発する彼女を、俺はただ追いかけた。







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