第29話 超高校級の難聴

 ゴンゴンと、鉄棒に頭をぶつける音が体育倉庫に響き渡る。その行動を必死で止めようと、金髪の髪が揺れるがその音は一向になり止む気配が無い。


「遥斗くん、死んじゃうよ!?」

「だああああああ、このまま死なせてくれーーー!」


 はい、私が犯人です。


 そろそろ夕日が訪れるような時間。学校内に置かれた体育準備倉庫でなぜ俺が鉄棒と戯れ、雅が泣きながら止めようとしているのか、少しだけ簡潔に話そう。


 ......後輩に嫌われた、確定。......終わり。


 え、だめ?訳分からんって?でしょうね、俺も事実を確認しようにもメンタルが持たんのだよ。


 だが、ようやく俺の体が危険信号を出し初め、知性が舞い戻ってきた気がしてきた。


 鉄棒から頭を剥がして落ち着いたように、俺はマットの上に腰掛ける。習うように涙を流す雅もちょこんと座り、良かったぁ良かったぁと呟いた。


「え、なんでお前がそんな泣いてんの?」

「そりゃこうなるでしょ! 友達が死んだ魚の目で鉄棒に頭ぶつけてたら! 」


 う、考えてみたら確かに怖いわ。俺が逆の立場でも止める。雅の方がガタイいいけど。


 少しだけ二人の間に沈黙が訪れ、雅も涙を拭いてから事の顛末を俺に聞いた。


「それで、何が起きたの」

「......いや、確実に後輩に嫌われたって言うだけの話だよ」


 俺はあの件から沢渡に距離を置かれているような気がしてならなかった。


 滞りなく体育祭の準備は進んでいても、沢渡はまず目を合わせないし、完全にスマホでのやり取りに逆戻り。


 校内で鉢合わせて声をかけても、顔を赤くして逃げるようにどこかへ行ってしまう。


 これが嫌われていないと、どうして言えようか。


 そして体育祭を明日に控えた金曜日。まぁつまりは今日の準備の間も、俺は沢渡に差し障りない会話を務めていたつもりではあったが返答はオール無し。


 頬を染めながら、俯くばかり。


「顔赤くするほど俺に怒ってるって事だろ!?なんかしたかなぁ、したんだろうなぁ......」


 ようやく関係性をある程度築けたと思ったのに、これでは振り出しというよりマイナススタートだ。


 どうせ安心院には今年もこき使われるだろうし、連携できた方がいいと思ったのだが......。


 だが、そんな俺の泣きそうなほど悲しい面持ちとは違い、雅は俺の話を聞いて酷く驚いたような顔になっていた。


 そして小さくつぶやく。


「さすがに遥斗くん、鈍感すぎる......」


 ははは、まさか俺がこんな台詞を言う時が来たとはな。今まで数ある殿堂入的なラブコメを多数見てきて疑問に思っていたあのセリフ第一位。


 それを俺が言う日が来るとは、やはり人生とは奇怪なり。


 俺はにこやかに雅に笑みを浮かべると、それを言い放った。


「えっ、なんだって?」

「......」


 そんな顔すんなよ相棒。今日は金曜、そしてここは外に置かれている体育倉庫の中。外は風が通っているというシチュエーション。


 いいだろ別に......キムチとか口走ってねぇから。


「はぁ、確かに今日金曜日だったね......」

「ん、ああ」

「まぁいいや、とりあえずそこまで深刻なほど嫌われてはいないと思うよ」

「そ、そうか?」

「うん、とりあえずこれ運ぶんでしょ?」


 そうして俺達はひとまず目の前の仕事を片ずけることにした。


 鉄棒を手に持つ。うぐ、重いなこれ。俺、これに頭打ち付けてたとか正気の沙汰じゃねぇな。


 でも不思議と、胸に仕えていた重みは消え、手の重みだけに集中出来る。ちらりと目を向けた雅は軽く鉄棒を片手で持ちながらスタスタと出口に向かっていた。


 ああ、友人というのは本当にありがたい。こんなセリフ言ってしまった日には本当にマグマダイブせないかんから、絶対言わねぇけどな。


 俺も同じように出口から外に出たのだが、そこで事件が起きた。


 今日は風が強い。それを無しにしても、応援旗なるものを立てるのは当日の朝だ。そうでもしないと何かの拍子に飛んでいってしまう。


 だが、前の運動場にはふざけたように旗を立ててあーだこーだと笑う運動部の生徒達。おそらく一年生だろう。赤色のラインが体操服を彩っているからだ。


「あの馬鹿達、注意しねぇと! ってうわ!?」


 そう思って動き始めた途端、運の悪いことに強風が吹き荒れる。そして案の定旗が飛び出すように上空へと舞い上がった。


「「うわっ!? 」」


 あいつら、重りに水入れてねぇのかよ!?


 そしてさらに運の悪い事にゆっくりとした放物線を描くように一人の女生徒を狙う。


 それは当日玉運びの為のテニスボールを運んでいた俺のよく知っている生徒。最近無視し始められてしまった、先程の女生徒。


 そう、沢渡に飛び込んでいく。


「遥斗くん! 」

「ああ、頼む!」


 阿吽の呼吸で俺は持っていた鉄棒を投げ出すように雅の方へ落とすと、雅は見事にそれをキャッチ。


 一年苦楽を過ごした俺たちのコンビネーションは伊達ではない。


「あ、あ、あ......」


 沢渡は恐怖のせいか足が動かないでいる。大丈夫これだけ空に舞い上がってれば充分間に合―


 なに、風が足りない?なら足せばいいじゃないか?


 そんな声が聞こえてきそうなタイミングでさらに強風が吹いた。


「くそがァァァァ! 神ぃぃぃぃ! 間に合えぇぇえええ! 」


 がむしゃらに足を動かし、俺は沢渡の前に飛び出すことに成功した。


「間に合っ―」

「先輩!? ま、前、前です!」

「へ? や、やば―ぶぼォォォォ!?」


 これが異世界とか、チート持ちとか、とりあえず現状を打開すべき超高校級とかだったならどれだけ良かったことか。


 そんなことを、無事飛んできた旗の柱部分に顔面をクリーンヒットさせながら、宙を舞う俺の体は考えていたのだった。



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