第28話 ラブコメの主人公も、こう悶えて欲しい


「ああああああああああああああああ」

「......」

「殺してくれええええええええええええ!いっそ燃やしてくれぇぇええええ!」

「......」


 放課後の生徒会室。ゆっくりとした夕焼けの光が、部屋を照らす。おそらく安心院の所持品の綺麗な、それでいて重厚な家具達がその夕焼けに溶けるように輝き、いっそう美しい部屋になっていると思う。


 そしてそんな夕陽を背に優雅にティーカップに口をつけながら、この部屋の主は赤い絨毯の上で転がり悶えている者を、静かに眺めていた。


 そう、俺です。転がり回っているのは。


 あの後、四限が始まるまでたわいも無い話をして、沢渡も落ち着いたのを確認してから放課後まで授業を受けた俺。


 もう昼食のときでさえ、やばかったが、放課後には完全に我に返り現在に至る。


「ああああああああああああ」

「ふむ、いいではないか。かっこいいと思うぞ私は」


 あああくっそが。あんなに鈴音の時に反省したのに、俺はまたやっちまった!


 状況に流されるように、変にかっこつけた台詞を出してしまう。なんなのまじで!?なんでこんな黒歴史を量産できんの?


 将来は工場勤務ですね!って馬鹿野郎が!!!


「『俺が一緒に歩くよ』」

「やめろバカ! 反芻すんな!」

「......『任せろって』」

「やめろ、やめて、やめてくださいまじで!!!」

「ふふふ、はははははは! あー本当に君を沢渡の教育係としてつけて良かったよ」

「はぁ?」


 聞きなれない単語に、俺は安心院に顔を向ける。後ろの窓に写った滝のような涙を流す自分は見なかったことにしよう。


「沢渡は気配りができる。私が気が付かないことにでもすぐ気がつく。それは他者とのコミュニケーションを取れない彼女だからできることさ。普段から周りをよく見ている証拠だろうな」

「......。そこまで分かってんなら」

「分かっていてもきっかけがなければ、人は動かない。君は勉強をやれと言われて素直に頷くか?」

「うぐ、確かにそうだけど」

「だから君というきっかけが必要だったという訳だ。まぁ些か私の想像よりは、ふふ、面白い結果にはなったがな?」


 したり顔で、そんな事を言う安心院。こんな下卑た笑というか悪役顔なのに、その顔が整いすぎて様になるのが、二重に腹が立つ。


 要は俺はまたこいつに良いように使われたという事だ。可愛い可愛い後輩の成長の踏み台としてな。


 だけど、ほんの少しだけだけど今回は別に悪い気はしなかった。


 走行しているうちに生徒会の扉が叩かれ、小さく開けられる。ひょこっと可愛らしい頭が、扉の間から覗いた。


 その顔に心臓が、分かりやすく跳ね上がる。勿論可愛いからというのもあるだろうが、今会いたいようで会いたくない。というか、もう帰りたいです。


「会長。い、一応これ他クラスの分です......」

「ふむ、ありがとう。して、君のクラスはどうなっている?」

「え、えとえと。な、何とか纏まりそう......?です。」

「ふむ、それは良かった」


 おい、笑いながらこっちを見るな。爆散するぞ。


 沢渡はそれだけ言うと、すぐさまドアの近くに行ってしまう。そして俺の顔を見て、ぺこりと頭を下げたらすぐさま赤い顔でどこかへ行ってしまった。


 ......。嫌われた。歳下のしかも、補佐的な生徒会役員に。


 嘆く俺と、面白そうな顔をしながらティーカップを傾ける安心院。


 誰か俺にも暖かいお茶を入れてください。後生ですから......。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 あれから数日経ち、状況は良くなったと言えるだろう。

 滞っていた一年生の体育祭準備は、恐ろしい速度で仕事が消化されていき、三年生もまさかの沢渡の指示のお陰で連絡が行き届いている。


 二年生は言わずもがな、篠塚大変じゃんっていう目線と共に完璧にこなせている。


 交友関係意外とお前広いじゃんって?


 大変だと思うなら代わってくれよといった瞬間、音もなしに消える同級生だぞ。キレそうではある。


 まぁそんなことは置いて、今日は木曜日。明後日に体育祭を控えている。


「と、まぁそんな感じで明日の設営だけだ。まぁ...何とかはなりそう」

「例年よりかなり時間が余っているな。」


 夕暮れ差す生徒会室で、優雅にティーカップを飲む安心院と湯呑みでお茶を飲む俺。


 もうほとんど恒例と化している、放課後の報告だ。


 なーんで毎回俺がやらんといけないんだよと思うが、生徒会役員は佐渡も含めて体育祭後の準備も進め始めている。


 なので空いているのは俺ぐらいらしい。


「去年のように、早朝早くに準備をしなくてもいいらしいね。おっと、君はそっちの方がよかったかな? 」

「うん......? 早朝? あ、ああ。そうだな、去年は大変だった」

「......ふむ。」


 去年、あんまり思い出したくもない。一年にして生徒会長としてなった、なってしまった安心院の反感も多かった。


 なので、体育祭まで十分な協力を得られず、結局ほぼ徹夜で体育祭準備をした。


 まぁそのおかげか、滞りなく体育祭を開催することができ、しかも安心院の威光を示す事ができた最初の出来事でもある。


「ちょいと失礼。」

「......!? ちょ、おま」

「動かない動かない」


 不意に動いた安心院が俺の横に移動してくる。それだけならまだ分かる。鼻に運ばれる女子特有のいい匂い。


 だが、その後あろうことか俺の耳に手を伸ばしてきた。温かみの感じる細い指の感覚が耳に伝わる。


「い、いきなりなんだよ......!?」

「どれぐらいやっていない?」

「へ?」

「耳かきだ。」

「あ、あぁえっと......」


 明日が体育祭の設置やらなんやらの日だろ? んで明後日が体育祭当日って訳で、かれこれ二週間準備をしてきた。


 うん、ダメだ俺。その間耳かきをされた記憶が無いや。


 ほぼほぼ作り置きのご飯に帰ってから風呂入って速攻で寝る生活。


 鈴音と俺の分の弁当を作って学校に行くという生活をしていたからか、この二週間家で鈴音と会話した記憶が無い。


 挨拶や、食事をとる時の雑談はあるけどな。でも耳かきはそういえばしてなかった。


「だいぶ痒そうだぞ?」

「お前に言われてそう感じ始めたわ」

「仕方が無い、この私自らが―」

「そ、それじゃあ明日の準備頑張るわ!!!」


 安心院の言葉が言い終わらないうちに、俺は捲したてるように言って生徒会室を出る。


 去り際に見た、獲物を逃さないような狩人の目になっていた安心院の姿がやけに目に入ったのだった。




















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