第27話 先輩として出来ること。
「さ、沢渡。大丈夫か......」
屋上に行く階段の隅で、小さく体を折りたたんでいる沢渡に俺は声をかけた。というか足が早い。
全速力で追っても全然捕まらないので、本当に焦った。生徒会は身体能力高いのか?
そんなことを思いながら汗だくで、肩を上下にしている俺。そして全く汗などかいていない小さな顔が俺を見上げる。
その瞳からは大粒の涙が地面に流れるように出ていた。
「し、篠塚先輩ぃぃ」
「はぁはぁ、とりあえず......だはぁ...涙拭けよ。ほら......」
ハンカチを手渡しながら、横に座る。その大粒の涙は止まることを知らず、その横で俺は息を整えている。
なんて言う地獄絵図な場所なのだろう。
そうしているうちにも、小さなその肩から嗚咽まで聞こえてきた。そして三限の鐘がその開始の鐘を鳴らす。
学校をサボることやましてや授業をサボることなぞしない俺ではある。
だけど、こんな女子を放って授業なんて受けていられるか。
次第に嗚咽もなくなり、沢渡はゆっくりとスマホに文字を打ち込んでいく。いつもはとてつもないスピードで打ち込んでいくそれが、いまや弱々しく何度も文字を消すような音が聞こえてきた。
『昔からダメなんです。』
『自分の気持ちを伝えるのが下手で』
『だからイライラさせることが多くて』
あの勝気な女子と、絶滅危惧種系男子にはこれで三回目の接触だ。体育祭準備を初めてかれこれ四日。再来週にある体育祭まで少しだけ沢渡のクラスというか、一年全体が遅れている。
沢渡も頑張ってはいる。口下手というか、若干コミュ障なりにも必死に仕事を伝えて沢渡のクラス以外は何とかなっている。
あとは沢渡のクラスだけ...なんだが......。ここに来て、あんな感じの奴らに当たるとは、なんともまぁ、タイミングが悪いっつーか。
かける言葉が見つからない。そんな不甲斐ない自分に嫌気がさすと、メッセージが飛んでくる。
『生徒会に入ったのも』
『自分を変えたくて』
『でも』
でも、の後何か打つのを躊躇った様な気がする。そして文字をゆっくりと打ってから、スマホに文字が踊った。
『やっぱりダメですね。そんな簡単に変わらないです』
そんな文字。そして苦笑気味の猫のスタンプが、虚しくトーク画面を彩った。
ネガティブな、そしてまたそんな代われない自分を恨むような気持ちの代弁であるだろう。
数分経っただろうか。沢渡はまた少しだけ泣き始めてしまう。
やっと俺も準備ができたというか。なんというか。言葉が纏まったから伝えるよ。
「そうか?」
「え?」
沢渡は確かに口下手というか、人と話すことが難しい。俗に言うコミュ障なんだろう。
だけど、それでも自分を変えようと頑張ろうと決めたんだろ。だから行動したんだろ。
上手く出来なくても挑戦するなんて、どっかの誰かさんみたいだけどさ。
「やっぱ沢渡はすげぇよ。普通はさ、出来ないことには目を瞑って楽して生きていきたいじゃん。俺だってそうだし。」
自分のできないことを続けることは非常に難しい。
練習したところで上手くなった自覚もあまりないし、何より失敗が積み重なっていくことへの苛立ちや焦りが人を楽な道へと進ませるものだと俺は思ってる。
「......」
「でも、生徒会に入って変えようと一歩踏み出したんだろ。だったらあとは歩いていくしかないよ。」
「それでも......」
自然と言葉が出てくる。少なからず頑張ってる奴に、俺は応えていきたいし、求められていないのであっても、そばで応援したいって今は思うんだよ。
「それでも自信が無いなら、俺が一緒に歩くよ」
「......!」
「任せろって、これでも安心院......会長の無理難題を一年押しのけてきたんだからな」
ゆっくりと震える手の上に俺も手を重ねる。
大丈夫だって。あのサキュバスも色々頑張れてるんだし、一歩自分で踏み出してる点では、沢渡の方がずっと強いよ。
「できます、かね......実々にも」
「できるさ。もうこうして話してるから」
驚くようにこちらを見上げる実々に、俺は自然と顔が笑顔になる。
「一人が厳しいなら二人いれば大丈夫だろ? ゆっくり沢渡のペースでいいからさ、俺も合わせて歩くよ。な? 」
そんな俺の言葉を聞いた沢渡の顔。ぐちゃぐちゃに濡れた顔だけど、それでも変わろうとする沢渡は一番可愛く見えたんだ。
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