第26話 見守ることの歯がゆさ

 急いで昼食を食べ終わり、俺たちは自分の教室へと戻っていく。体育祭準備をしなくてはいけないのに、普段の授業もあるとかマジでやってられない。


 生徒会の使いっ走りをしているのだ。授業免除とか欲しい年頃である。


 まぁ悲しいかな。現実にそれほどまでの絶大な力を持つ生徒会なんて存在しないのだよ。


 先生の言葉を聞き流すようにして授業を終え、5限の鐘の音を聞き終わり俺は急いで身支度をして一年生のフロアへと急ぐ。


 そして教室の前で、お目当ての人物を見つけた。小さい体がさらに小さくなるように縮こまっている姿は、何かしらの小動物を彷彿とさせる。


「沢渡、おまたせ。まったか?」

『待ってないです。今来たところです。』


 俺の姿を見るやいなやそんなメッセージがスマホに飛び込んでくる。


 うん、絶対うそじゃん。というかここ貴方のクラスなんですけどね?


 ぐっとそんな言葉を飲み込む。そして俺と沢渡は、目を合わせて大きなため息をついた。


 ここ数日間で俺と沢渡は苦楽を共にする生徒会の相棒のような関係になっている。決してテレビドラマみたいな関係じゃないぞ。シーズンごとに相棒変わるなんてごめんだ。


 基本的に引き継ぎの内容は朝か昼。そして放課後にあるものだ。授業の合間に説明なんて、時間の無い間に説明を終えるなんてほぼ無理に等しいからだ。


 だが、残す沢渡のクラスの体育祭委員への説明が滞っていた。時間が単純にセッティングできないからだ。


 やれ朝は部活だの、昼はゆっくりしたいだの、放課後はバイトで忙しいだの、色々と難癖を付けられ挙句の果てに沢渡のことを若干避けているとの事だ。


 もうそっからして面倒そうな匂いがぷんぷんするだろ?打ち切り確定の漫画かよ。


 まぁそんなわけで俺がやろうと思ったが、安心院直々にこのクラスだけは沢渡に任せるとの御触書がでてしまった。


 なので俺は手助けができない。ん、お前が隠れてやればいいじゃんって?


 馬鹿言ってんじゃないよ。あいつの情報網舐めんなよ。あいつにかかれば俺のかかりつけの病院のおばちゃんの最近買ってるお菓子の銘柄までバレるぞ。


 まぁそんなこんなで、沢渡にはここいらで頑張ってもらわないといけないんだが......。


 教室の扉を開けると、ほとんど残っているような生徒達。確か今日一年生は6限までだから残っているのは当たり前なのだが。


 沢渡の姿を見ると、クラスメイトの女子や大人しそうな男子からは小さく頑張れ、頑張って美々ちゃんなどの声が上がる。


 やばい、なんか感動してきた。沢渡、ちゃんと友達居るんだな......。


 視線が集まり、沢渡の肩がより小さくなっていつてしまう。頑張れとしか言えない自分のなんとも不甲斐ない立場であることか。


「え、えっと......新島さんと袖ヶ浦くん......」


 件の生徒の名前を小さくつぶやく。前から思っていたが、沢渡は本当に可愛らしい声をしている。女の子っぽい高音に少しだけもっちゃりとしたような。なんて言うんだろうな。


 あんな声で耳かきされてしまった日にはと、考えなかった日はないさ。だがしかし、大事な後輩だ。


 さすがの俺も自重する。だからその目やめてください。ゴミを見るような目をやめてつかーさい。


「誰―って、はぁ、またあんた?」


 俺がそんな事を考えていたら沢渡の目の前にやたら背の高い二人が姿を表す。


 黒髪のいかにも運動部って感じの女子と、いかにも高校デビューしてますみたいな感じのチャラい奴。


 ウェーイとか言いそう。誰かを彷彿とさせるな。粛清されろ親衛隊に。


「あ、あの...体育祭の......」


 またその話か、とも言いそうに怪訝な表情をうかべる二人。なぜにここまで辺りが強いのかは俺も知らないが、ここ数日同じような反応ばかりだ。


「えっと...あの......」

「―。それで私達は何をすればいいのよ」

「適当でいんじゃね?ウェーイ!」


 威圧的な物言い、そして適当に返答をされて沢渡の持っていた生徒会の資料はその姿を異物に変える。


 今まで俺は橋渡しや説明で、なんの敵対心も向けられなかった。それは去年の功績もあるだろう。


 だけど、沢渡にはそれがない。人と話すことが苦手な彼女にとっては、人のそうゆうなんて言うんだろうな。


 嫌な部分を間に受けてしまうんだろうきっと。


「こ、これ......―」


 資料を見せながら、懸命に伝える沢渡だが。


「は?これを私達がやれって?生徒会の仕事じゃないのこれ」

「適当でウェーイ!」


 ウェーイしか言えんのかこいつ。というか女子の方もなんで、非協力的なんだよ。体育祭実行委員の仕事やれや。


 案の定といった風にとてつもなく拒否される。居た堪れない空気に、沢渡のクラスメイトも固唾を飲んだように見守るしかできない。


 それは俺も同じだ。


「......」

「黙ってたら、分かんないんですけど」

「ウェーイ」


 ......そろそろ俺の出番かな。ちょいと張り切ってみますか。


 と思った矢先。


 沢渡は、紙を持ったまま教室から走り去ってしまった。


「お、おい沢渡!」

「な、なんなのよ」

「う、うぇーい......」


 ちくしょう。とりあえず追わなきゃ!


 走り去る小さな影を追うように、俺も教室から走り出した。


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