第25話 鼻にキスとかラブコメですか?

「ほ、ほんとに美々が食べていんですか? 」

「ああ、沢渡の為に買ってきたんだからな」


 そういうと、少しだけ顔が赤くなった沢渡が大きなチョコパンに齧り付く。


 大量に入れられたであろうクリームが耐えきれず、中から飛び出しそうになるのを沢渡は可愛らしくあたふたする。


 その様子を眺めながら、俺は消毒液を片手にしていた。いや違うぞ? 決して美少女の慌てふためく姿に晩酌しようとしているわけじゃないぞ?


 そういうのは、俺の隣に居座っている日本人形のような美しさのこいつを刺すんだろ。なんてだらしのない、というか若干狂気を感じる顔で沢渡を見て、そして俺を見て大爆笑しているんだこいつ。


 情緒の振り子時計か?


 まぁ、とりあえずは落ち着いて現状把握と行こう。


 現在の場所は生徒会室。既に食堂でも全ての咳が席取りされているのだから、事を成したあとにどこかの教室へ行くのは無理だ。


 俺の教室では沢渡が緊張するだろうし、沢渡の教室では俺が浮きかねない。海でも無いのだから浮くのは嫌です、はい。


 なので苦肉の策で来たのが、生徒会室という訳だ。生徒会室でのご飯は沢渡もたまにしているという訳だし、何より横で俺の惨状を間に辺りにしながら大きな口を開けて笑っているこいつもよくそうしている。


 教室でゲラゲラ笑っているギャル系の女子には申し訳ないが、見た目が整っているとこれでも様になるから笑える。


 まぁ白状しますよ。


 運動部でも、それこそ超次元的な力も知識もない。地下闘技場で戦ってもいないただの高校生が、あの場でチョコパンただひとつを獲得する方法。


 自らを犠牲にするしかないんだよ。


「はぁ、君は本当に退屈させないなぁ」

「お前を笑わす為にこうした訳じゃなねぇよ。痛っ......」


 打撲数箇所、擦り傷モリモリ。そんな二郎系じゃないんだからとも文句を言いたい気持ちはあるが、これが現実だ。


「せ、先輩......」


 まだ食べ終えていないであろう、半分ほど残ったチョコパンを机に放置し、パタパタと俺の傍に来る沢渡。


 慣れた手つきで俺の消毒を手伝ってくれた。


「沢渡...ありがとう......」

「......」


 目の前で痛々しい俺の姿に、胸に来るものがあったのだろうか。若干涙を浮かべながら、手当してくれる沢渡に若干の後ろめたさを感じる。


 でもさ、聞いてくれよ。運動部がやばかったのは言わずもがなだろ。強靭な体に、目標を掴み取る執念。勝てないよな。


 しかも挙句の果てにはボクシング部はグローブを、剣道部は竹刀を、弓道部は弓をってな具合でさながらカチコミにでも行くのかと思ったわ。


 さすがに、生活主任に捕まって死ぬほど怒られているおかげでチョコパンはゲット出来たが、それでも打撲複数、擦り傷全体という体育祭でも無いのに数多くの怪我をおってしまったわけ。


「ありがとう、沢渡。もう大丈夫そうだ」

「でも、でもぉ......」

「そんな顔される為に体張ったわけじゃないからな。チョコパン食っててくれ」


 何も小動物系の可愛い後輩に消毒される為にやったわけじゃないんすわ。


 うん、そうそう。そんな感じでチョコパンを食べててくれ。


 もぐもぐと頬を膨らませながら、半分申し訳なさ、もう半分はその頬が落ちるほどの甘さに顔を変えながら食べる沢渡。ハムスターか、はたまたリスか。どっちでもいいか、可愛いから。


 そんな沢渡を見る俺の横で何やらとんでもない量のパシャパシャ音が聞こえる。パシャパシャ音が分からない人に丁寧に説明するとな、スマホのシャッター音が連続で聴こえるんだよ。


 真横で。


「あの、会長さん。何していらっしゃるのですか?」

「なにって。沢渡という最高の被写体を私の思い出に刻み込んでいるのだよ。」


 え、何言ってんのこいつ。とりあえずきっしょい。


「は?え、やめろよ気持ちわりぃ」

「君も沢渡に対して劣情を抱いている同士かと思ったが?」

「思ってねぇよ馬鹿野郎!!!おい、沢渡からも―」


 そうして俺は気がついた。日が差し込む黄金に彩られた美しいこの生徒会の部屋の中で、儚く、そして美しく、死んだ魚のような目でチョコパンを齧る少女の姿に。


 こ、こいつ...何もかもを諦めたような目をしてやがるっ!


「先輩。美々思うんです。諦めも肝心かなって......」

「さ、沢渡......!? 」


 俺はゆっくりと、横でにこやかに笑う安心院に丁寧に、そして言葉を確かめていくように質問を始めた。


「安心院、沢渡が入学してどれぐらいだっけ」

「1.2ヶ月ほどだな。」

「沢渡が生徒会に入ったのは?」

「......1か月前だね」

「もひとつ質問いいか。沢渡に何をした?」

「......君のような勘のいい同級生は嫌いだよ」


 ガっと俺は安心院の肩を掴むが、その未来を予知していたように嘲笑う。悪魔かこいつ。


「ふ、何も力ずくや弱みなんて弱者のするようなことを何一つしていないさ。」

「く......」

「沢渡の件、任せたよ。篠塚遥斗くん」


 そう言って俺の手を抜けると、安心院は俺の鼻にキスをした。


「......!!!」

「ふふ、またね」


 唇を人差し指で抑えながら、軽くウインクをしてから生徒会室を出ていく安心院。


 ああ、もう、だから嫌なんだよあいつ。俺の心臓を無理やりにでも高鳴らせる。反則だあんなの。


 不意に視線を前に向けると、大きく顔を赤くさせた沢渡がパクパクと口を動かしていた。


「言っておくぞ沢渡。俺と安心院、いや、会長との間には何もないからな」

「(コクンコクン)」

「うし、まぁ散々な目にはなったが、これから頑張って行こうぜ。」


 赤く茹で上がった沢渡と、なんだか気持ちの悪い感情を込み上げらせながら、俺たちは急いで昼食をとったのだった。


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