第24話 第一回、食堂グルメレース
昼食時、今にも入口から溢れだしそうなほどの生徒を見ながら、俺と沢渡はぽつんと立ち竦んでいた。
四限の鐘が鳴ると同時に、教室から慌ただしく出ていく生徒たちの姿。
その烏合の衆達に何か嫌な予感はしていたが、そんな予感は俺が小走りで食堂に来てから確信に変わったのだった。
この学校では、弁当を持ち込んで食べるか、食堂で食券または購買パンなどを買って食べるかのどちらかによる。
そしてもちろん、食堂には看板商品なるものはあるもので......。
それが月一回で出現されるとされる購買の『ドデカチョコパン』と、不定期で開催される『唐揚げ定食大盛り100円セール』。
他にも様々なものが取扱いされてはいるが、ほぼこの二強となっている。
チョコパンに関しては、うちの担任がこれを食べたいがために移動したとこの間言っていた。アホか。
でもまさか今日被るとは。
今日は沢渡と飯を食うと約束した日であり、しかも沢渡は今日に限って弁当を忘れ食堂で食べるというプランだった。
学校の外で適当に買うか? いや、それだと次の授業に間に合わない可能性がある。沢渡と数回食事を共にして分かったが、沢渡は少食だし、なにより食べるスピードが非常に遅い。
小動物的なサムシングを感じざるを得ないが、まぁそこは割愛しよう。
ひとまずはこんな状況になっていることへの謝罪から入ろうか。
そうして俺は、横で無言のままいる沢渡に話しかけた。
「さ、沢渡これは―」
だが現実とは、いつも想像の上をいきやがるってもんでさ。この有象無象入り乱れる食堂に萎縮していると思っていた相棒は。
知らない子でした。
「美々、知ってます! かなりの人気を持つ生クリームとチョコが入ったチョコパンが数量限定で大きくなって販売されてるやつですよね!? しかもそれ以外に超不定期で販売される唐揚げ定食の100円セール! これもこれで数量限定ですが、常に金欠な人にとっては素敵なやつって、会長が言ってました!」
え、え、ええぇぇぇぇぇぇ......? 誰、怖い、な、え? めっちゃ早口で流暢じゃん。
そう、スマホでしかほぼやりとりせずようやっと話せるようになったのに、物の見事にチョコパンと唐揚げ定食にその場を奪われた。
ああ、昼ドラの負けヒロインってこんな感じだったのか......。
というかそんなに喋れるなら、普段から喋ろうな、沢渡......。
しかし俺の気持ちを知ってか知らずか、目を爛々と輝かせ、目の前に欲しいものがぶら下がっている時の子どものような表情の沢渡につい笑みが零れてしまう。
ここいらで、少し頑張ってみるか。
「いっちょ先輩のかっこいいところ見せてみますか」
「?」
「沢渡はそこで待ってろ。巻き込まれないように少しだけ離れてな」
俺はそれだけ言うと、ごった返している食堂に割り込むように、小銭を握り締めながら入っていく。
俺もチョコパンと、唐揚げ定食の話はもちろん知っていた。何せ一年ここで高校生してないからな。
だから、食堂での場所取りの後に購買のおばちゃんが定位置についてから、電子式スターターピストルを鳴らし開戦の火蓋が落とされることももちろん把握済みだ。
ラインも引いてないのに、丁寧に横に並んだ運動部や文芸部、ひいては教員たちと共に立ち並ぶ。教員は仕事しろバカ。
燃え上がる熱気とむさ苦しい臭いが立ち込めるような食堂。このままだと、食中毒にでもなってしまいそうだ。
そして俺は見てしまった。涎を垂らしてしまいそうな程に顔を輝かせているサキュバスの姿に。
え、あいつ何してんの? 親衛隊、どうゆうことですかこれ?
己の命を奪い取ろうとする過激派ファンに聞きたくなるような出来事ではあるが、今は本人に直接聞くか。
そう思いそして人の間を掻き分けるように、そのサキュバスの横に移動する。大丈夫、まだおばちゃんの来る時間まで数分あるはずだ。
「鈴音、何やってんのこんな所で」
「!? びっくりしたじゃない。急に話しかけてんじゃないわよ」
いや、今朝も昨日もその前も結構話してますけど?
そんな事を考えていたら、鈴音が鬼気迫る表情で俺の間近まで顔を移動させた。おいおい、そんな事やったら親衛隊に俺がぼこされるんですけど......。
だが、周りの人間は今まさに目の前に、最高のご飯が出てくるのを今か今かと待っている。なので俺たちに視線を移す奴はいない。
鈴音も俺と会話してはいるが、その瞳は前方へと向かっている。他の奴らと同様、待ち望んでいるのだろう。
「ようやくこの学校の唐揚げ定食にありつけるチャンスなのよ。だから邪魔しないでよねッ!」
ああ、昨日言ってた明日弁当いらない宣言はここで伏線回収してくんのか。というか唐揚げ定食狙いなの?
唐揚げ定食ももちろん、普段から品切れ必須の人気商品なわけだけど、普通はドデカチョコパンが買えなかった人間が行き着く先なのだが。
「チョコパンは狙わねぇの?」
「流石にそこまで贅沢はしないわよ。」
まぁ狙ってはいるけど、とその後に言葉が続く。
バイトを始めた鈴音ではあるが、給料日は未だ先である。こいつなりにも節約をしているんだろう。
チョコパンをゲットしたとしても、お目当ての100円の唐揚げ定食が手に入らなければ本末転倒。なので初めから、唐揚げ定食に目的を絞っているそうだ。
こと節約に関しては、鈴音の方が上なので、俺はそこから黙って前方へ、大多数と同じように視線を向ける。
こんなザワザワと混沌と化している食堂でも時計の針は嫌に聞こえる。そしておばちゃん、いやもといお姉様がその姿を表した。
手元から伸びる大きなカートの中には、購買でもよくある焼きそばパンなどの惣菜パンやお弁当が立ち並び、その中には一際目立つポップで『ドデカチョコパン』と『唐揚げ定食100円はこちらから』という文字が踊る。
そのお姉様の後ろから、さらにバイトが付き従うように歩いてきている。
購買のお姉様方からはこの後に来るであろう混沌と書いてカオスな現場に挑む、修羅のような顔があった。
「ヒェッ」
誰かの声が張り詰めた会場で、聞こえた。おそらく一年だろう。
当たり前だ。こんな大多数の中で正確にお金を計算し、物を渡す物の顔がヤワではこんな商売できないだろう。
ゴクリと生唾を飲み込む音と、その手に持つ電子式の物を空高く掲げ、ゆっくりと深呼吸した後お姉様の指にかけられたそれが動く。
パンと電子音が響き、俺、いや俺たちは走り始めたんだ。
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