第20話 プリン

「ただいまぁ〜」

「おかえり、鈴音。」


 時刻は夜の八時過ぎ。高校生は夜遅くまで働けないなんかがあるらしい。休憩時間にトークが俺のスマホに飛んできた鈴音の情報だ。


 まぁお気づきのように死ぬほどその後長文で謝りまくったのは誰でも分かるだろう。まぁその長文達も鈴音の


『分かったって。』

『というか』

『長い、きっしょ』


 という三文の短い言葉でバッサリと切られたのだが。まぁ昨今のラブコメとかラノベではこうゆう謝罪をしなくてすれ違いが、起こるなんてよくある事だから、それを見越しての行動だ。


 もちろん鈴音に謝りたくて行った行為だからな。大丈夫、まだ泣く時間じゃないと豆腐メンタルと相談したのは言うまでもない。


 疲れた様子で、どっとソファーに座ると鈴音は買ってきていた缶ジュースを空け飲むと、ぷはぁと大きな声を上げた。


 おいおい、どこのリーマンだよお前。うちの親父でもそんなことしねぇぞ。


「で、どうだったんだよバイト」

「ふふん、心して聞きなさい!」


 ソファーから顔を覗かせながら自信満々といったふうに顔を輝かせている。お、どうやらいい感じみたいだな。


 地獄の1週間のアルバイト、もとい日雇いのような時の顔はもうそれはそれは酷かった。まぁここでは割愛するが、言っておくぞ。


 人は無表情で真っ暗なテレビを見ながら、薄ら笑みを浮かべているのがいちばん怖い。


「私初めて、外で褒められたのよ!」

「へぇ〜鈴音が。あ、ご飯出来てるぞ」

「食べるー!」


 鈴音は子犬のように食卓に着くと、頂きますと言ってから俺の作ったオムライスを食べ始めた。


 俺も同じように食べながら会話は続く。


「それでね、最初は研修だって話したじゃない?」

「ああ、マニュアル教えながら先輩から教えてもらうんだろ?」

「そうそれ、でも百聞は一見にしかずとか店長が言って私に耳かきをさせたのね?」

「ほう、ん?」


 それ危なくね?鈴音が耳かきのスペシャリストだったから良かったものだが、ど素人に耳かきしたら危ないんじゃ?


「そしたらね店長が」

「店長が?」


 恐る恐る聞くと、面白いものを思い出すように鈴音が笑う。その笑顔に心臓が高鳴ってしまう。


「寝たの」

「は?」

「寝たのよ。白目向きながら、ふふ、その顔が、ふふふ、可笑しいったら」


 そう言いながらついには目の前で笑い始めてしまった。涙を端にためながら、腹を抑え、本当に限界のように何度もヒィなんて小さい悲鳴をあげる。


「それでね、先輩達も私の耳かきを受けたら全員寝ちゃって。起こすのが大変だったわ、ふふふ」


 まだ笑い足りないのか、少しだけ笑いながらパクパクと今度はサラダを頬張る。本当にとんでもない技術だな。


「それでもうあなたに教えることは何もないって言われてね。今日から普通に働くことになったのよ」

「え、今日から?早くね?」

「まぁそうなんだけど、大丈夫よ。大好評で、チップまで貰ったわ!」


 あーあの缶ジュースはそうゆう。というかチップって貰えるのか普通?後で調べとくか。


「まぁ、今日は女性客だけだったけどどんどんお客さんを耳かきしていくわ!」


 そう笑う鈴音に少しだけほっとした。ようやく職に着くことが出来た娘を見る親の気分はこんなんだろうな。


「というか、なんでオムライス?」

「え、好きじゃなかった?」

「いや、そうゆうことじゃないんだけど、今日も美味しい。ありがと、じゃなくて!」

「?」

「豪勢じゃなくない!?私結構今日頑張ったんですけど!?」


 あーそうゆう。なんだこいつ。俺にとっては耳かきしてくれる女神なんだろうけど、なんだろうこの駄女神感。人気ライトノベルを思い出すから、やめてくれ。読みたくなるだろう。


 俺はゆっくりと鈴音に勝ち誇ったような顔をしてから再びオムライスを食べ始めた。鈴音も何か言いたげだったが、食欲には勝てないようで、俺のオムライスを食べ進める。


 そうしてつつがなくご飯が終わり、洗い物まで終わらせた俺はムスッとした表情のソファーでふんぞり返っている鈴音の横に座る。


「......何よ」

「まぁまぁそうカッカすんなって。」


 確かに鈴音はこう見るとただの嫌な奴だろう。衣食住を約束された勝利の穀潰しにしては、態度がでかいように思える。


 でも気持ちがわかるんだよな俺も。俺も初めて高校生になって、雅のとこでアルバイトもどきさせてもらった後に、雅の両親が作ってくれた労いのご飯。あれは未だに忘れられない。


 色々なことを体験して、ようやく誰かに認められて居場所ができて。


 それを祝って欲しい気持ちは少しだけわかる。まぁそれを口にしてくれたら楽なんだろうけど鈴音の性格じゃなぁ。


 初めてあった時みたいに怪訝な視線を向ける鈴音に、俺は少しだけ笑を零しながら目の前の小さなテーブルにコツンとガラス製のものを置いた。


「え、プリン?」

「そう、プリン」


 それはガラスデザート瓶とかなんとか言われているもの。ガラスで出来たよく、スイーツショップとかで売られているような容器にプリンが乗っていた。


 ゴクリと何かを飲み込む音。鈴音の目はランランと輝いている。お前、お菓子あげるとかでついて行かないよな?


「まぁ食べてみろよ。」

「え、あ、うん」


 恐る恐る口に運ぶと、鈴音は頬っぺに手を置いてすぐに笑顔になる。


「すごく滑らか!それに甘くて美味しい〜」

「作ってよかった。」

「!?」


 人に作るの久しぶりだったからそう言ってくれて本当によか......。なんで驚いた顔してんの?まだ驚くのは、俺のターンは終わっちゃいないぜ。


 俺は手にしたグラニュー糖の袋を鈴音の食べかけのプリンのかけてから、それを皿の上に乗せる。そしてちょっと離れて、と言ってから手に持っているガスバーナーでそれを炙り始めた。


 砂糖の焼ける甘い香りと、目の前で焦がされていくそれ。うん、もういいかな。


「ほい、少し熱くなってるから気をつけろよ」

「く、クリームブリュレ......。」


 サクッと薄い砂糖のガラスを割る音がしてからそれを口に運ぶ鈴音。


 そのあとの顔はなんて言ったらいいんだろうなぁ。本当に幸せって言う顔で、しかも若干涙も浮かべながらそれを頬張る。そしてどんどんとなくなっていき、ついには全て食べきってしまう鈴音。


「あ、無くなっちゃった......。」

「大丈夫、まだあるから」


 そうして何度も感謝をしてくれる鈴音の横で、俺はプリンを口にした。


 うん、我ながら甘い。でも好きだなぁ。


 そんな事をふと考えたのだった。






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