第19話 急に体が目覚める時もあるよなって話

「ん......ふわぁ」


 窓から差し込む柔らかな日差しが目にかかる。微睡みの中から優しく起こしてくれるような優しい目覚まし。


 思わず可愛らしい声が出てしまうが、悪いな鈴音じゃなくて。残念俺でした。


 ひとまず体を起こそうとするが、体の節々が痛い。まぁベッドじゃなくて床で寝たんだからそりゃそうか。


 軋む体を無理やり起こすと、体に掛かっていた何かがずり落ちる。


 ん、毛布か......。鈴音がかけてくれたんだろうな。


 思わず昨日のことを思い出して、毛布に顔を埋める。耳が熱い。


 抱きしめたり、あんなこと言ったり、あんな事された翌日なんて全人類こんなんになるだろう。いや、そうであってくれ。


 今や毛布が握られているその右手に、昨日の鈴音の柔らかい手の感覚がまだ残っているような気がした。


「はぁ......」


 人前で寝落ちするなんて、久しぶりだ。昔雅の家に泊まった以来。というか女子の前で寝落ちとか初めてだ。


 ん、?家族?おいおい、姉と妹は女子じゃねぇよ、あれはまた違った生物だ。


 何か兄妹とかに夢を描いているならさっさと捨てた方が身のためだぞ?


 鈴音にどんな顔で会えばいんだよという言葉は飲み込んだ。なんだか言葉にしてしまうと、何かを決めてしまいそうな気がして。


 今は今の関係が一番なんだからと、俺は俺に言い聞かせて頭をかきながらスマホを探した。


「お、あったあった。今の時間は―」


 床の上に放置され冷たくなっているその無機物のディスプレイが、指し示している白い大きな数字。何度も見たであろうその文字は、俺を嘲笑うかのごとくそこに鎮座していた。


『11:43』


 一旦目をゴシゴシさせてくれ。いや、あれって実は目にダメージ与えるらしくてダメなんだけど、そうゆうの抜きに俺の眼球を起こさせてくれ。きっと何かの間違―。


『11:44』


「進んでるぅぅぅぅぅぅ!!!じゃねぇ!やべぇ寝すぎた!」


 俺は急いで自室から飛び出し、近所迷惑なんて考えないような階段ダッシュで降りる。そしてご丁寧に左の小指を角にぶつけた。


 今からでも入れる保険あります?


「いっ......がぁあ......!!!」


 急いでいたあまり見てない俺も悪いが、なんであんなに適切に人体を破壊していくんだこの角は。


 通算130敗ぐらい。鈍い痛みに呼吸は乱れ、涙目になる。


 そんな苦難を超えてようやくリビングに出ると、そこには誰もおらず冷たいリビングが挨拶しているだけだった。


 はぁと、大きなため息をつきながら俺は頭に手をやる。


 なんだか、鈴音と出会う前に戻ったかのようなマイホームだ。最近は何かと騒がしくいて、忙しかったからな。


 鈴音は今日から耳かきのアルバイトを始める。だから門出を祝う気持ちで、朝の見送りしようと思ったのに。


 何たる不覚、不甲斐ない自分に、さすがに嫌になる。なんでこう、スマートにできないんだろうと自己嫌悪が胸を掻きむしるようだ。


 落胆しながら、テーブルに目をやるとサランラップで包まれた皿と何やら手紙が。


『ずっと寝てるから先行くわね。朝ごはん作ってないんだから、今日の夕食は豪勢によろしく。


 ps ちょっと焼きすぎたけど、私が焼いたのだから咽び泣きながら食べなさいよね』


 綺麗な字で綴られたその文字の後に、皿の上に目線を向けるとそこには焼き焦げたパンと潰れた目玉焼き。


「咽び泣くって、逆の意味で」


 俺はゆっくりと、ラップを取り外すとパンに齧り付いた。


 俺もたまにパンをわざと焦がしたりして、その苦い感じを楽しむが、これは苦い。だけど、下半分は少しだけ綺麗に焼けているのを見つけて笑みがこぼれてしまう。


 まぁこんな休日でもいいか。


 そうして潰れた目玉焼きを頬張りながら、俺は今日の夕食の献立をどうしようかと考え始めた。


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