第18話 尻尾
「えっと鈴音さん?」
「いいから来なさい?」
「いや流石に素肌はまずいだろ。気持ちよすぎて涎とか垂れたら―」
「きっしょ。そうならないために頑張りなさい。ほら早く」
俺の忠告もここまで切られるといっそ清々しい。まぁ傷ついてはいるんですけどね。生の女子高生に真顔で、きっしょは流石に堪えます。
梃子でも動きそうのない鈴音を見て、少しだけ溜息をつきながら、ゆっくりと膝の上に頭を載せる。
そう、本当にゆっくりと、次第に近づいてくる彼女の足に意識は吸い込まれていくけれど。もうどうにでもなれ。ここまで来たら据え膳なんやらだ。
そうしてかなりの時間をかけながら、俺はようやく目的地に頭を置くことが出来た。
「ん......」
「あ、ごめん痛かったか?」
「ううん、擽ったいだけよ」
ドキンと俺の生命のバッテリーが高鳴る。おいおい、相棒。こんなんでドキドキしてたら、すぐに霊柩車呼ぶ羽目になっちまうぜ?
.......我ながらきっしょ。
そう思っていても現実は変わらないもので、直に触れている彼女の柔らかさと温かさは、確かなものでいて。
本当に理性がバグってしまいそう。
「それじゃあ始めるわよ?」
そう言いながらもう一度感じるその指先。白く細い、そしてまた小さいであろうその手でゆっくりと耳を蕩けさせられる。
いわば肌と肌のサンドイッチ状態。自然と緊張していた感覚から、ゆっくりとその後の快楽に身を委ねる準備が勝手に終わっていく。
少し熱の篭った指先と、先程まで密封されていた湿り気のある俺の耳が溶けていく。ああ、なんて気持ちがいいんだろう。
そうして耳へのマッサージが終わった後、ゆっくりと何かが俺の耳に触れた。
「ん!?」
「ふふふ、どうしたの?」
「い、いや」
先程と同じように耳の浅い所をやってくれてはいるんだけど。先程とは違う竹ではない何かの感触。
竹でもステンレスでも無ければ、プラスチックでもない。確かな熱が篭っていて、生物の一部のようでいる。
手でもない、指でもない。それでもちゃんと暖かくて、触手のように耳垢を取っていく。
そして何より少しだけぎこちないその動き。プロ耳垢施術師もといサキュバスの鈴音には無いような手探りのような、そんな違和感を覚える。
でもこれはこれですごく気持ちがいい。なんだか張りのあるような、それでいて綿棒では出せないようなそんな快楽。
自然と口が開いてしまい、惚けている俺の目の前に何やら黒いものが現れた。
「これ......は......?」
ヒラヒラと目の前で踊るような黒い何か。ハートのような手のひらより少しだけ小さいそんな形。そしてそこから伸びる黒い線。
異物、と言っても際ないだろう。
なんだかこれって漫画とかでよく見る尻尾みたい―。
「尻尾よ」
俺の考えを呼んでいるかのように鈴音が嬉しそうにそう言った。
尻尾。様々な動物とかにも付いているあれ。同人誌や二次創作でもよく描かれるように、サキュバスにもよく生やされているような想像上のもの。
それが現実世界の目の前にある。なんだか、涙が出そう。
「これでやっていくわね?」
「はい、よろしくお願いします.......」
俺の言葉を聞くと、ヒラヒラとその姿を消してしまう。サキュバスは夜の蝶なんて聞くけれども、確かにそのようだ。
俺の目の前から消えた鈴音の尻尾は掴みたいけど、捕まえることが出来ない蝶のように思えたから。
「こしょこしょ、こしょこしょ」
「ああ、それ反則......」
竹や他の耳かき棒は、確かに耳垢を取りながら時には快感を与えてくれるが所詮は無機物だ。
だがこれは違う。正真正銘、鈴音から出た鈴音の一部だ。それが今俺の耳の中を掃除させてくれる。
手のひらほどの尻尾がどうやって俺の耳に入っているのか気になるが、今はそれほど重要ではない。
細長い指が直に、俺の耳を掻き回しているようなそんな感覚。時には優しく、そして時には少しだけ強引に耳あかが取られていく。
なんて気持ちがいい。サキュバス万歳だ。この世の中全ての耳かき師を志す人間が、全員サキュバスならいいのに。
彼女の一部が俺の耳に溶け込むように入ってくる。
操作になれたのかどうかはわからないが、それでも先程より上手くより気持ちよく俺の脳を揺さぶる。
「もう少し......もう少し......えい」
「アッ......」
「ふふ、カリカリ〜」
次第に重くなる瞼と前方で投げ捨てるような右手。緊張で強ばっていたその掌は、今や俺の口と同じようにだらけない格好となっている。
余談だが、耳かきをする場合高確率で両手で行われる。
片手で耳を固定もしくは穴を広げるために使い、利き手で耳かきをしていく。まぁそっちの方が安定しているし、何より耳かきを安全に行いためにはそれが適切だ。
鈴音は今、おそらく左手で耳を触りながら、尻尾を使って耳かきをしている。なので、当然右手は空いているわけで。
ゆっくりと握られるように俺の右手は繋がれる。そう、鈴音の右手に。ゆっくりと確かめるように、絡まっていく細い指。
ああ、もうダメだ。こんなことされては。
「はぁ...幸せだ......」
「えへへ」
ほら、我慢していたはずの言葉が漏れてしまった。何やら可愛らしく笑い声が耳に聞こえたが幻聴だろう。
こんな状態で可愛い鈴音を見てしまったらもう、わっしょいだ。
かわいい女の子に耳かきされながら甘い言葉を囁かれ続け、そして右手は恋人つなぎ。
このまま死んでしまうかのような心臓のドラム音と、対照的に安らいでいく心。ゆっくりと再びまぶたを閉じて俺は海に泳いでいくかのごとく意識を手放した。
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