第16話 黒歴史が早すぎる。

 この世界では当然のように回る摂理の様なものが存在する。それは太陽が沈んだら月が出るように、生まれ落ち正を謳歌した後に安静的な死があるように、風が吹いたらスカートが捲りあがりパンツが見えるように、等。


 俺が生きているこの世界はそんな自然の摂理で溢れかえっている。とまぁ意味が不明な現実逃避なんだけれども。というか後半のパンツのくだりは忘れてくれ。夕食の残りのハンバーグあげるから 。


 そう、鈴音の一件で忘れているだろうが、俺の耳は過去最高にうねりを巻き上げている。例えるならば、海に存在する想像上のリバイアサンが久々の休暇にテンションMAXのような感じだ。


 例えが意味分からないって?大丈夫俺もよく分からん。


 そう、一週間、いやそれより一日かそこらたった現在、俺の耳垢は朝の満員電車よりも満員している。


 鈴音のアルバイト探しの間もうそれはそれは、痒くて仕方が無かったが、耳かきしてくれ、とは言えない状況下であった。


 そう、なのであんな小っ恥ずかしい事を思い、口に出してしまった今日という日が俺の二度目の耳かきタイムなのである。


 ほんとまじ勘弁して欲しい。


「遥斗?」

「え、あ、いや大丈夫。少し死にたくなってただけだから。」

「え、それって大丈夫なの?」


 真上からそんな俺を心配してくれる声が響く。その声でさえ若干、篭って聞こえるのだからこれ以上は溜められないと耳がそう確信する。


 気恥しさで爆発しそうなほどのあの後、震える手つきでご飯を作り、お互いに茹でられた海産物宜しく顔を赤くしながらご飯をつついた後、俺の部屋で耳かきをすることになった。


 タオル越しに感じる鈴音の体温と、その綺麗な足の柔らかさ。これを極楽と言わないのであればこの世に極楽なんぞないだろう。


 いや元から死後の世界的なあれなのかな?もう知らんわそんなん。検索してくれ勝手に。


「ありがとね、元気出た。」

「い、いや気にしないでくれ。というか恥ずかしすぎてどうにかなりそうだから、ぱぱっとお願いしたいです。」


 ただでさえ、恥ずかしい。というか鈴音はそれ以上に恥ずかしいはずなのだが......。


 俺の考えとは違い、ゆっくりと俺の耳の縁を手でなぞると、優しくそれでいて少しイタズラしているような少女の声色で。


「だ〜め。今日は念入りとしてあげる」


 そんなことを言うのだ。脳が蕩けそうになってしまう。ただ言われるのと、耳元で、彼女の息の温かさに触れるのとでは、月とスッポン、ゴム鉄砲と戦車ほどの違いがある。


 ゆっくりとしながらも、耳を開かされるその感覚と、鈴音の少しだけ熱いような指先がなんとも声にならないような快感の始まりを告げているようで、自然と足がモジモジと動いてしまう。


 我ながら気持ち悪い。


「時々見てはいたけど、本当に素敵だわぁ。耳垢のイルミネーション......」

「安上がりなデートプランやめろ」


 思わず突っ込んでしまうが、今度は俺が突っ込まれる番である。もちろん、耳かき棒だが。


「それじゃあ始めるわよ?」

「あ、はい......」


 自然と口調も丁寧になってしまう。そして前より手馴れたような竹の感触が、俺の耳に触れる。


「最初はぁ、浅い所から......ね?」


 分かっておりまするとも。耳かきで1番初めに奥を行くなんて邪道だと考える。俺も見ている動画で、いきなり奥を掻くのは3本に1本ペースでしか見ない。


 え、意外と見てるじゃんって?邪道でも気持ちよければよかろうなのじゃん?まぁそう言うことよ。


 カサカサと何度も音がし、その音の原因が何度も取られていく。丁寧に、皮膚を傷つけないように、何度も何度も。


 補足として言うが、耳の奥の耳垢をとる時に同時に皮膚も触る人がいる。もちろんとてつもなく気持ちがいいのは分かるが、あれでは皮膚が傷つく。


 耳毛などの生えている浅い所はまだしも、それすら生えていないうぶな皮膚は非常に傷つきやすい。


 だから、専門店や鈴音は耳垢だけに道具を当てて上手く取り出す。その技術の高さに本当にそっち系に進めよ、という本音が出てしまう。


 そして鈴音はその後、傷つかない程度に刺激を与えてくれるので声が盛れるほど気持ちがいいという訳であって。


「あ、ああ......気持ちいい。」

「前回は声が盛れるの我慢してたのに、今回はいいんだ?」

「あ、あ、あ、あ」


 ご覧の通り気持ちの悪い声を出している俺は正しいのだ。








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