第15話 サキュバスとか関係なしにヤバいよねっていう話

 その後、雅に死ぬほどお礼を言って俺達は帰路に着いた。今日はちょうど金曜日。どうしようかな、明日からまたバイトがある鈴音を労うつもりで今日の夕食は力を込めて作ってやろうかな?


 そんな事を考えながら玄関を超えた矢先、急に背中に感じる柔らかい感触と、人の温もり。


 拙者は背中から鈴音に抱きしめられていた。


「す、鈴音さん!?」


 思わず素っ頓狂な声が出てしまう。許せ。こんな経験姉と妹しかないのだ。しかも超幼少期の時の。


 しかも後ろで抱きしめていらっしゃるのは、学園のアイドルなわけで。やばい思考が彼方に、グッバイ君の〜しそう。


 そんな俺の心境なぞ関係なしにぐりぐりと頭を擦り付けるようにしながら、鈴音は呟く。


「ありがとね......」

「へ?」

「こんな私に付いてきてくれて......」


 こんな、ね。少ないアイルビーバックしている久しぶりの使えない、残り僅かな理性で頭を回転させる。


 たしかに鈴音は何も出来ない。いやまだ分からないけれどもさ。多分、すぐに同じように人が出来ていることが出来ない自分のギャップに苦しんでいるんだろう。


 彼女はこれでもサキュバスだ。それでも人間とのハーフで、結局サキュバスにも、人間にもなれないどっちつかずの存在。


 でもさ、俺を見つけてくれたじゃん。


 ゆっくりと、手を解きながら、涙を流している鈴音に向き直る。恥ずかしそうにしながらも、その瞳をこっちに向けてきてくれる。


 掴んだその手のひらが、お互いの熱を混じり合わせるように溶けていくようなそんな気がする。


「鈴音覚えてるか?お前が初めて食べた俺の手料理。」

「うん......野菜炒めみたいなやつ。美味しかった......。」

「そりゃありがと。でも、あれがちゃんと人様に食べれるようになるまで、3ヶ月掛った」

「え......嘘......。」


 うちの家は両親が仕事で基本家にいない。放任主義とも取られるかもしれないけど、行事には来てくれたし、空いた貴重な日には家族サービスもしてくれる最強最高の親だ。


 だからそんな親が、俺たちを養うために夜遅くまで働いてくれてることも幼心に分かっていた。


 引きこもりがちな甘えんぼな姉と、まだ歳若い同じく甘えんぼな妹。小学生の俺には家事しか手伝えることが出来なかった。だから何度失敗したか、何度手を切ったかはもう覚えていないけど。


 それでも初めから完璧にできるやつなんて居ないと思う。


「俺も失敗するし、雅だってそうだ。失敗だらけだけど続けたから、今がある。続けたから、腹を空かせた鈴音に美味しいって言って貰えるものが作れたんだ」

「は、はるとぉ.......」

「だから一緒に頑張っていこうぜ。俺も協力するから」


 傍から見たらなんて変な関係なんだと思うだろう。他所から見たらなんで耳かきしてもらって、そんなことまでするんだよとまで言われるだろう。


 指を刺されて笑われるかもしれない。バカにされるかもしれない。


 でも、それでも昔からの夢を叶えさせてくれた、こんなただの女の子の力になりたいってだけなんだよ、結局は。


 王子様でも、異世界転生者でもない俺に出来るのは、鈴音の力になることだ。だから。


「だからありがとうな。耳かきしてくれて。これからもよろしくお願いします。」


 そう言いながらぺこりと頭を下げる。そして気がつく。


 ......。......。


 めっっちゃ恥ずかしいこと考えてなかった!?言ってなかった!?やばい超死にたい。消えてなくなりたい。


 いや結局耳かきなんかーい!っていう声が聞こえた気がする。いや、聞こえてないです。


 それでも鈴音は目の前から、ぎゅっと俺を強く抱き締めてくれた。少しだけ震える体。


 でもさーせん。あんなにかっこよさげなこと言ったのに、もうなんか幸せすぎてやっばい。暖かいその温もりを俺もゆっくりと抱きしめる。


 すると、鈴音のハーフツインの髪の毛に角が現れた。小さいその無機質な物が。


「す、鈴音、角が......」

「うん、遥斗から流れてくるから......」


 俺の幸せという幸福感が、鈴音に流れ込み魔力と呼ばれるものに変換される。魔力とはサキュバスがサキュバスたらしめているものであり、それを介して人間にはできないことをやってのける。


 例えば空を飛んだり等だ。だが今はそんな事はあまり関係ない。


 なぜなら鈴音に角が現れたということは、今俺が幸せだと思っていることが伝わっているということ。


 は、恥ずかしいとかそうゆう次元ではない。恋仲ではない美少女に、抱きつかれて幸せとかそれなんて言う童貞?


 頭が沸騰しそうとはこの事かと、俺は体験する。体験したくなどなかったです先生。


 ゆっくりと確かめるように頭を押し付ける鈴音に、俺は理性と戦いながらも答えていったのだった。

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