第14話 一から十までテンプレとは恐れ入ります

「......どうしてこうなった.......」

「「.......」」


 俺の台詞に何も返すことが出来ない二人。喫茶店のガヤガヤとした騒音がより一層このテーブルの静けさを増しているようにも思える。


 ガックリと肩を落とした我が高校のアイドル、鈴音千花。おおよそ忘れそうになるが、サキュバスとして俺の幸福的なニュアンスのあれを摂取している。そう、耳かきで。


 横には、顔を覆うように疲労を露わにする超絶できる有能男の風祭雅。


 そして同じように疲れた表情の俺、篠塚遥斗。学校から離れたファミレスで、お通夜ムードのような俺達が、どうしてこうなっているかを話すにはおおよそ一週間前まで遡ることになる。


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 アルバイトというのは、誰しもが知っているであろう。時間を対価にお金や経験を得られるもの。そして高校生なら大体はアルバイトをしているものである。


 かけ持ちしている人間もいるほど、それほどやはり高校生というのはお金を多く使う。それは交友関係の広がりと、買えるものや得る知識の増加によってだと俺は勝手に考える。


 まぁ色々と長ったらしく話したが、ようはそのアルバイトを高校二年生から始めようとする女がいるのだ。


 居候兼俺の耳かきをしてくれる天使のような鈴音が、土曜日という休日の今日。初めてファミレスで働く。子どもの初バイトとはこんな風な気持ちなのだろうか。


 いや、今はよそう。


 俺が席を取った窓際の禁煙席。よくあるようなファミレスではあるが、学校と俺の家から微妙に遠く、うちの学生があまり通わない。


 だからこそ選んだのであり、俺がこうして来ているのは鈴音がどれぐらい働けるかということだ。


 ほら、客観的な意見って大事じゃん? つまりはそういうこと。


 うん、隠すこともないけど、もうこの店は捨てている。店には申し訳ないが。


「い、いらっしゃいませ〜」


 そんなことを考えていると、一際弱々しくそんなことを言う店員が現れた。


 青を基調としたチェック柄のジャンパースカート(鈴音の買ったファッション雑誌に載ってた)に、白いワイシャツで胸が少し強調されたような制服。そして左胸に輝く手書きの『鈴音千花』という文字。


 おい親衛隊。お前らのアイドルが、ファミレスなんぞで働いておられるぞ。


 控えめに言っても可愛すぎるその制服と、ポニーテールに束ねた髪型が相まってか店内の視線を全て集めているようにも思える。


 というか店長すら見惚れている。おい仕事しろや。


 腹が立ったので、何度も呼び出しボタンを連打してやった。


 まぁそうしているうちに頼んでいたものも来るはずなんだけど、それがいつまでたっても来ない。普通なら指摘する場所ではあるんだけれども......。


「あ、ああすみませんお客様」


 客のコーヒーをこぼしてそう謝る鈴音。


「ああ!?料理が!?」


 多めに乗ったトレイを盛大に落とす鈴音。


「はぁ?キャバクラに行けば?」


 挙句の果てに連絡先を聞いてきた男性にそう冷たい目線を向けながら、告げる鈴音。


 うん、想定通りだな。本当...本当に...想定通りだわ.......。


 まぁ最後のは客が悪いとしても、その事で少しだけ揉め事になってしまい、鈴音はスタッフルームに引きずられるように連れていかれる。


 そしてドアが震えるほどの怒号の後、とぼとぼと着替えた鈴音が店内を後にした。


「はぁ......」


 ため息を着いて俺も会計を済まして後を追った。


「鈴音」

「あ、は、遥斗......。そのごめんなさい」


 いつものツンデレのような態度はどこへ行ったのか。そんなしゅんとされては俺まで気を落としてしまいそうになる。


 俺は務めて明るく、鈴音に話しかける。


「まぁ最初はあんなもんだろ」

「で、でも」

「人間得意、不得意があるもんなんだよ。というか見てたけど、最後のは客が悪い」


 普通聞くか?連絡先。いや知らんけどもさ。


「そうよね、これくらいじゃへこたれないわ!」

「そうそう、その元気で次も頑張れよ」


 まぁそんなこんなで何とか元気を出せるような言葉をかけたのだけれども.......。


 そこから色々なアルバイトをし始めた鈴音だ。


 だが、コンビニではレジ打ちミスるわ、品出しをことごとく床にぶちまける。居酒屋では、何度もテーブルに料理を間違えて持っていくわ、料理はひとつも出来ないわだった。


 本屋では、本の会計時に薄いビニールを破る時、本ごと破くわで尽くが裏目というか向いていないというかで、最悪の結果でその日のうちに返されていく毎日。


 他にもバイトはもちろん、それこそ星の数ほどあるが、俺の家からの立地や学校の人間に見つからないという条件下ではそれほど多くないんだよ。


 日に日に自信を失う鈴音は見ているだけでも、そりゃ辛い毎日だった。そして一週間ほどたち、冒頭に戻ると行ったような形だ。


 ちなみに途中からみやびも協力しながら、見守り兼フォローとして尽くしてくれた。家のこともあるだろうに、本当に最高のダチだよこいつは。


「はぁ......さすがに嫌になるわね自分自身に」

「そこまで言うなって鈴音」

「でも、でも!」


 涙目になりながら、何かを言おうとしてまた黙りこくってしまう。うーんどうしたものかなぁと俺も頭をひねっていると、なにやら思いついたような雅。


「鈴音さんってさ」

「なによ」

「特技何かある?」

「え、ええと耳かきが......」

「なら、耳かきの店でバイトすればいいんじゃない?」

「「!?」」

「いや、資格いるとか本格的なところとかならまだしも、耳かき屋さん的な場所なら大丈夫なんじゃない?」


 そう言う雅の言葉が終わらないうちに俺は自宅から耳かき専門店の場所を検索する。そして数件のヒット。


 たしかに少しだけ遠い気がするが、資格無しの場所もある。俺はスマホの画面を見せながら、そのことを伝えると鈴音の顔がみるみるうちに明るくなっていく。


 俺は無言で雅に対して親指を立てると、雅も笑顔で同じように返す。何だこのイケメン。1家に1台雅様じゃねぇか。


 そしてすぐさま電話をすると、履歴書なしで合格。どうやら耳かきをしてくれていたアルバイトがやめてしまって人手が欲しいらしい。


「まずは一週間の見習い期間ね!」

「ああ、頑張れ鈴音」

「もうあとないけど......」

「やめろ縁起でもない!」


 ひとまずは一週間ほど様子見。そして高校生というのもあり、シフトは多くは入れないがそれでも良ければとの事だった。


 途方に暮れるとも思った職業訓練もこれにて一応の決着である。


 ほんとに頑張れよ一週間。



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