第13話 自宅警備員脱却
早めの夕食を終え、プリン片手にソファーでテレビを見る鈴音の横に俺は座る。ビクッと肩を揺らした鈴音が訝しげに俺を見つめる。
とりあえず俺のプリン返してくれ、とも思ったが、今はそれより大事なことがある。
俺は手にした求人雑誌を広げながら、重々しく呟いた。
「ええ、第一回篠塚家、鈴音家合同家族会議を始めます。」
「はい?」
何やら疑問を浮かべながらそういう鈴音。ぱくりとプリンを口に運ぶ。だから返せって。
「いや、寛いでるけど、今朝の約束忘れてないよな?」
「そ、そんなことあるわけないじゃない!?」
声が上擦ってるのバレバレだからな。
俺は鈴音に顔を向けながら、面接官のように質問を投げる。気持ちは翠天下高校を受けた時の俺の面接官のようだ。本当に緊張したわあの時ばっかりは。
「えー鈴音さん。アルバイトの経験は?」
「ふ、無いわね!」
なんで得意げなんだこいつ。腹立つな。
「特技は?」
「耳かきよ!」
うん、もうダメこりゃ。
「な、何よその残念そうな顔は!」
「いやお前、アルバイトどうすんだよ......ほんと」
「そ、それは......」
またひょいと俺のプリンが口に届けられる。
「そういうあんたはどうなのよ」
「お、俺は金欠の時にしか、雅の店で働かないけど......」
「え、あの金髪ヤンキー、お金持ちなの?」
違うそうじゃない。ただあいつの家が定食屋なだけだ。俺もアルバイトの経験はそこでしかないし、何より仲良くなってあいつの店兼家にお邪魔するようになってから働くようになった。
基本的に仕送りで何とかやりくりはしているが、それでもやはり欲しいものがあるとお金が足りない。さすがに仕送りに手をつけるのはあれなので、自分で買っているものは雅の家の手伝いで得た金でやりくりしている。
俺はそのことを鈴音に話すと、パァと顔が明るくなり、何かを思いついたように言葉をはいた。
「なら、私も―」
「ダメに決まってんだろ」
遮るように俺は返答した。その俺の行動に何やらご不満があるようで、プリンを運ぶ手数も増えながらグチグチと文句を言い始めた。
「なによ、いいじゃない! あんたに出来て、私に出来ないことなんてあるわけないでしょ!? 」
「いや、定食屋だぞ?適切な温度と、適切なタイミングの調理が求められるんだぞ?ちょっと料理できるレベルじゃ無理だ。」
「そ、それはそうだけど......」
ちなみに古民家のような定食屋だが、その味のレベルに行列ができるほどだ。しかも広ければウエイトレスとして働けるが、そこまで雅の家は大きくない。その庶民的な間取りがまた、人気な秘訣なわけで。
それに鈴音はひとつ勘違いしている。鈴音が雅の家で働くということは。
「お前が雅の家で働いているのを親衛隊に見つかったらどうすんだよ」
「!」
もうこれはただの生徒の問題ではないとは思うが、まぁそう言うことだ。さすがに俺も雅にまでこの面倒を押し付ける気は無い。
「ま、無難にファミレスじゃね?明日から土日だし。」
「ま、まぁ誰にも迷惑かけないなら。」
流石に事の重さを感じた様子で俺の提案を受け入れる。ならもうひとつ一口ぐらいプリン分けてくれない?
「ほら、今から電話してみろよ」
「は!?今から!?」
そりゃそうだ。善は急げって言うだろ。行動しなきゃ始まらないとかなんか偉い人か、有名な漫画の登場人物も言ってるだろ。
多分。
「な、何よ、そんなに私にいて欲しくないわけ!?」
怒ったようにそんなことを言う鈴音に、スマホを手渡しながら俺は思う。
「そんなわけないだろーが。こんな美少女いつまでも家にいられると心臓が持たないんだよ」
何故かスマホを渡した手が震えている気がする。
「美、美少女......」
「は?え、ちょま、え、口に出てた!?」
え、嘘だろ。心の中で思ってたはずの言葉が出てたとか意味わからん!?
慌てる俺。なんだか耳が暑くなっている気がする。俺今どんな顔してんだよ!
そんな俺を見ながら、鈴音も顔を真っ赤にしながら、ずいと体を俺の体に寄せてくる。
お風呂に入っていないというのに、女の子特有のシャンプーの匂いが俺の耳にかかる。吐息さえかかってしまいそうなそんな距離感に俺の頭は真っ白になってしまう。
「な、なんだ。あんたも私の事可愛いって、おお、思ってるんだ」
「わ、悪いかよ......」
掠れた声でそんなことしか言えない俺を情けないやつだと罵っていい。でももうそんなプライドとか消えるほどに、目の前の鈴音は可愛いんだって。
「な、ならあんたが望むようなことしてあげよっか?」
「は...い?」
「えっちなことしてあげよっか?」
なんだこれは。なんなんだこの状況は。気がついたら臓器とか売られてるんじゃねぇのか?
だがそうして気がつく。俺も死ぬほど恥ずかしいが、目の前の鈴音はそれの比ではない程に、顔が沸騰している。
今なら目玉焼きでも作れんじゃね?
「そんなになるなら言うなよ」
「ずびばぜん。調子に乗りました。」
おずおずと涙を浮かべながら、ソファーに座り直す鈴音。プルプルと震えながら、今頃自身の放った言葉を何度も反芻させながら、悶えているのだろう。
もう俺の辞書可愛いで埋め尽くされてます。
「ま、まぁというわけだから。鈴音じゃないと俺の耳はダメみたいだし。でも、仕事は探してくれ」
「わ、分かったわ。とりあえず電話してみる.......」
そして数十分程深呼吸した後、鈴音はスマホに電話番号を打ち込んだのだった。
本当に危なかった。鈴音が悶えているのに気が付かなかったら、どうなっていたか分からない。
「七三分けって効果あるのか......?」
隣で懸命に喋る鈴音の横で俺はそう呟くしか、無かったのだった。
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