第12話 長い一日の下校

「だぁぁぁ憂鬱だ〜......」

「仕方ないでしょ。私に親衛隊があるなんて知らなかったんだから」


 夕暮れ差す帰り道。怯えるように授業を受け、そして距離を離すように下校。生徒の姿が見えなくなってから、こうして並んで歩いて帰っていた。


 いや本当は完全に離れて帰ろうとしたんだけどさ、鈴音は鍵もってないじゃん。一々連絡取るのもめんどくさいし、そうなるとこうなるのが必然というか......。


 誰か良い妥協案あれば教えてくれ、お礼に親衛隊を送ってやるよ。


 自然と重苦しい溜め息が、口から何度も溢れてしまう。俺が耳かきを楽しむためには、どうやら危険が付きまとうらしい。


 俺が一体何をしたというのでしょうか?


「ま、大丈夫でしょ」


 どんよりとした空気を浮かべる俺とは対照的に、鈴音はそんな言葉を軽く言う。


 少し猫背気味の俺と、凛々しく胸を張って歩く鈴音。本当に歩く姿までも、絵になるなぁとそんな事を考えながら、ぶっきらぼうな言葉がつい出てしまった。


「何が大丈夫なんだよ」


 だが、鈴音は自身満々になんならドヤ顔で、髪の毛をパサァとしながら応える。漫画とかのあの表現というか行動には、名前がついてるんだろうか? 謎である。


「秘密が漏れる心配はないわ。こうして警戒しながら帰っているし、何より私友達いないから! 」


 凛々しく貼っている胸が少しだけその勢いを無くしたように見えた。おいおい、おもしれぇ女......もとい面白い冗談言うじゃん。


 あんだけ噂が独り歩きしてればさすがに今のが嘘だとわかるだろ。誰もが憧れる高嶺の花。それに友達が居ないと?


 もちろん女子の陰湿なあれこれは少しぐらいは知っている。何せ姉と妹に挟まれているのだから、日本にいる間はいやでもその話題が耳に届く。


 だが、授業の間の休憩時間に視察で一応隣のクラスを見てみたが、そうゆう訳でもなく、鈴音は女子に囲まれていた。


 そして何やら話した後、黄色い声援をあげて逃げる女子。確実にほの字だった。


 こっわ、っと思ったのは墓まで持っていこう。そのことを話したら、鈴音が苦笑気味に笑う。


「話しかけられてる話題についていけないから、適当に笑顔を向けてるだけよ」

「は?話題になんてついていけるだろ。花の女子高―」


 そこで俺は言葉を止めた。いや正確には止めざるを得なかった。なにせ、その花の女子高生の鈴音さんの顔が激しく曇り、背景にどんよりとした何かを吐き出し始めたからだ。


「は、ははは。そうよね、別にテレビがなくたって、ファッション雑誌が買えなくたって―」

「ごめんごめん、俺が悪かったから!」


 そうして手を交差しながら弁解すると、少しだけ瞳を濡らした鈴音がため息をついた。


「だからいつもこうして笑顔を向けてるのよ。『ええ、そうね』 って」

「!」


 あ、走り去った女子の気持ちがわかった気がする。


 そこには咲き誇るような花の笑顔。もちろん作り笑いだということは重々承知なのだが、それでも一瞬頭の中が白く染まってしまう。


 自然と足が止まって、鈴音の顔から目が離せなくなってしまった。


「な、何よジロジロと。きっしょ」

「......ハッ!?あ、ああ悪い。」


 そうして乱暴に頭をかいてからまたゆっくりと、歩き始めた。多少の気まずさはあるだろうけども、うんまぁこんな生活も悪くないんじゃないか。というか悪いどころか俺にとっては最高だ。


 何せこんなに美少女の耳かきを堪能できるのだから。まぁバレたら即死以外の何物でもないけど。


「あ、そういえば」

「?」


 俺は思い出したように、言葉を続けた。


「行きたいところあったんだった。鈴音も来る?」

「来るも何も、鍵は遥斗が持ってるじゃん」


 まぁ、そうなんだけど。家で待機しててもらえればそれでいいんだけど。うんまぁ、いいか。


 そして俺たちは自身の家をスルーしてある所へと向かった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ふんふんふーん」


 ご機嫌な調子で鼻歌なんか歌いながら、ペラペラとページをめくる鈴音。俺は台所からその様子を眺めた。


 なんともまぁ至極な光景だと誰もが言うだろう。もちろん俺も言うさ。美少女が、当たり前のように俺の服を着ながらリビングで寛いでいるのだから。


 いや、2日目にして順応が早すぎて若干引く。旅行でもそんなに寛がないだろ普通。


 俺達はあの後、コンビニに寄った。まぁ仰々しい感じで言ったが、コンビニだ。もちろん今日の夕食を買いに行った訳では無い。基本的にある程度、食材を買うようにはしているからだ。


 お目当ては求人雑誌。鈴音のバイト先を探す為だ。お目当てのものはすぐに見つかったし、直ぐに帰ろうとしたが、ファッション雑誌コーナーで目を輝かせている鈴音を放っては帰れず、ファッション雑誌を買ってあげた。


 鈴音は


「宝物にするわ!」


 なんてはしゃいでくれて嬉しいんだけどさ、流行とかあるんじゃないの?俺はよく知らんけど。


 まぁそう言うことで、今鈴音はソファーで寝転びながらファッション雑誌を見ている。ふと、何かを思い出したようにそれを閉じると、パタパタと可愛らしい音を響かせながらこちらに来た。


 歩いても可愛いとか反則だと思う。


「遥斗、ちょっと耳見せなさい」

「は?」

「いや、は?じゃなくて。まぁいいわ、私がそこに行ってあげる。感謝なさい」


 どこの令嬢だよと突っ込みたくなるが、普通に台所の中に来たので、火を止めフライパンに蓋をした。


 すると、鈴音は少しだけ背を伸ばすような格好で丁寧に俺の耳を触った。


「く......」

「なにあんた、感じてんの?」


 うるせいやい。何も言い返せずそのままなすがままにしていると、鈴音はやっぱりね、と言いながらその手を離した。


 若干寂しいと感じてしまった。


「もう若干溜まり始めてるわよ、耳垢」

「まじで!?」


 え、昨日取ったばかりなのに?嘘でしょまじかよ。確かに一週間に一回全部とったはずなのに、だいたい三日目ぐらいから痒くなり始めてはいたけどさ。


 まさかこんなに早く溜まるとは。恐ろしや、俺の新陳代謝。


「あんた、痒い時どうしてんの?」

「いや、普通に我慢してるけど」


 昔小さい頃、痒すぎて自分で耳かき、いや普通に指突っ込んでかいたことがあった。その後に鬼のように耳鼻科のおばちゃんに怒られたことは今でも風邪の時とかの悪夢で見る。


 本当に怖かった。


 なのでそれからは痒くても弄らないようにしている。まぁ痒くてのそれが永遠と続く訳でもないしな。


 そう考えていると鈴音は少しだけ考える仕草をした後、こんな提案をしてきた。


「本当は毎日やるのはダメなのは知ってるわよね」

「そりゃ勿論」

「でも痒くなったら言いなさい。奥まではしないけど、手前ぐらいなら少しだけやってあげるわ。耳に負担がないようにね」


 そりゃまた俺にとっては嬉しい提案なんだけど......。


 もういっそ耳鼻科の先生になればいいのにと思った。


 コクリと小さく頷くと、やったと小さく言ってからまたリビングに戻っていく鈴音。俺はその背中を見ながら、はにかむ顔に鞭を打ちながら、料理を続けた。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る