第11話 必ず守らねばならぬもの、それ即ち命なり

 親衛隊、もといファンクラブというなの元に集った武士もののふと言っても差し支えないだろうか。戦後時代は刀や槍、弓を片手にしていたのが、今はスマホに変わっただけだ。


 それだけの気迫を言わせるほどには、彼らの目は恐ろしい。完全ではないがほぼ部外者の俺がそこまで恐怖を感じているのだから、渦中の鈴音はどんな事を思っているのだろう。


 ちらりと視線を向けると、ガクガクと震え、青ざめ、なんならより白くなっているように見える。


 うん、確かにそんなんなるわ。隣のクラスのあいつ、お前のこと好きらしいぜぇ〜とかそうゆうノリじゃないもん。


 でも若干面白い。その感想を零してしまったが最後、今朝の現代アートのようになるのは目に見えているから言わないけど。


「遥斗くん、部外者だから関係ないとか考えてない?」


 笑顔を見せまいとしている俺に雅がそんな突拍子もないことを言う。


 そりゃこんなファンクラブの対象であり、アイドルのような女子とひとつ屋根の下で過ごすなんてとても羨ましいシュチュエーションの中にいることは理解しているよ?


 そこまで朴念仁じゃないと客観視ができるぐらいには、俺は正常なんです。だが、それだけだ。


 そりゃ俺が好きな有名人が結婚したらそれこそショックを受けるけども、雲の上の出来事ぐらいにしか思わない。


 それが手に届くような学生という雲だとしても、彼らは分かってくれるだろう。というか別に付き合ってはいないし、手も出してはいない。


 そんな俺の真意を知ってか知らずか、雅はおもむろに俺にスマホの画面を見せてきた。


 そこには、某有名なSNS。匿名、もしくは匿名じゃなくても自由に写真や数秒の動画を投稿できるSNSで、昨今色々と問題にも取り上げられるものだ。


 俺はやってはいないが、流石に存在は知っている。


「これがどうしたってんだよ」

「いや、この投稿主の画像みてどう思う?」

「は、どうって......」


 そこには綺麗な七三分け、そして重い黒縁眼鏡をしている絵に書いたような生徒会的な、優等生君が写っていた。


 俺の知らない人間だし、優等生かどうか分からないが、見たまんまの感想はそれの尽きる。


 ただその写真には、何やら怖いハッシュタグが着いていた。


 ハッシュタグというのはそのタグをつければ、同じタグを使っている人を探せるようなものだ。


 アイスの写真なら

 #アイス

 とか店名を書けば、同じような利用者も知ることが出来る便利機能のはずなんだが。


 そこに書かれていたタグは以下の三つ。


 #生まれ変わりました

 #私は卑しい豚です

 #千花様親衛隊に栄光あれ


「え、宗教?」


 辛うじて出るそんな台詞。いや、え、普通に怖いんですけど?どゆこと、1個目ならわかるが二個目と三個目の異常さはえげつない。緩急の差でジェットコースターでも作る気か?


 そして写真の下をスクロールすると、何故か茶髪のチャチャラした男の写真。自撮りなる自分を撮ったものとか、友達数名で撮ったような画像が立ち並んでいた。


「あら、こいつ久々に見たわね」


 震えが少し収まった鈴音が俺の横に来て、画像を見てそう呟いた。なんだ、このチャラ男と鈴音って認識があったのか。なんだろう、少しだけ胸がざわめく。


「知り合い?」

「んなわけないでしょ。告白断ったら付きまとわれたのよ」


 語るに、進級してからすぐこの一年生に告白をされたらしい。鈴音は、はたから見れば最高に可愛い。絹のようなブロンドのハーフツインに、特注のアンティークドールを彷彿とさせるその顔。そしてスレンダーながらに、スタイルが抜群だ。


 告白を断っているのは教室でも聞いたが、新一年生までもアタックしていたとは。


「面倒臭いから適当に愛想笑いしてたら、付け上がってね。まぁ最近は見なくなったし、清々したわ」


 ん、最近見なくなった?そしてどういう訳か、一週間ほどの後にこのチャラ男くんは優等生のような外見に?


 何かのパズルのピースがゆっくりと勝手に組み上がっていく。おいよせやめろ、その事実に気がついたら何面ダイスを俺は振らなきゃいけないのだ。SAN値切れて発狂するぞ俺。


 だが、鈴音と家で会った時みたいに、本能が告げている危ない方向へと、体は勝手に動いてしまう。


 俺は自然と口に出ていたのだ。その名前を言ってはいけない的なあれを。


「し、親衛隊が...やったのか.......?」


 ゴクリと何かが飲み込まれる音が響き渡る。そして神妙な面持ちで、雅は語り出した。それはもう怪談百物語でも語っているふうに。


「親衛隊は基本的に温厚なんだ......。鈴音千花というアイドル的な存在を見守る者、振られ心機一転したもので結成されているからね。

 だから告白は自由だけど、過ぎた恋心を持つものには......」

「持つものには.......?」

「凄惨な末路が待っている......。この男子生徒のように.......」


 ヒューと冷たい風が背筋を通った気がした。俺はもう耐えきれずに咆哮するように、気がついたら叫んでいた。


「死ぬじゃん俺!?バレたら殺されるじゃん!?」

「死ぬならまだいいかもしれないね......」

「まじかよ嘘だと言ってくれよ!?な、な!?」


 だが、目の前の雅は悔しそうに首を振るだけ。


 そんなやばい親衛隊のアイドルとひとつ屋根の下暮らしてます☆なんて、バレたら本当に死よりも恐ろしい結末が待っているだろう。


 おいやめろ耳鼻科のおばちゃん、川の向こうで手招きするな。というかあんたの登場率どうなってんだよ!


 俺はその報告を受け、また青ざめた表情の鈴音の肩をガシッと掴む。


「鈴音」

「ひ、ひゃい!?」


 可愛らしい声を上げ、赤面するがそんなのは今重要なことではない。俺の死活問題なのだから。


「何としてでも守り抜くぞ」

「ま、守るって......?」

「お前と俺の生活をだ(主に俺の生活を)!」

「は、遥斗?」

「俺とお前と雅しか知らない。頼む、俺を助けると思って、な!?」


 真剣な眼差しで、俺は鈴音の綺麗な翡翠色の瞳を見つめる。みるみるうちにのぼせるような赤面をしながらゆっくりと頷く鈴音。


 守ってみせる。いや守らなければいけないと俺は今日屋上で深く誓ったのだった。

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