第9話 親衛隊とか怖いです。

「あ、おはよ遥斗くん。」


 俺が通う翠天下高校の自身の教室に入ると、すぐに柔らかな笑みを浮かべ、挨拶をしてくる殊勝な男がいた。


 落ち着け、こいつの名前もめっちゃ殊勝って感じだから。名前を風祭雅かぜまつりみやび。ほらめっちゃ風情。


 なんともまぁ優美な名前であり、柔らかな笑みを浮かべるポカポカしたような奴ではあるが、見た目は完全に金髪ヤンキーだ。


 俺よりも高い背をして、着崩した制服に耳に光る多めのピアス。高一の頃から一緒のこいつはいわゆる高校デビューというやつだ。ピアスも気崩しもその一環ではあるのだが、まぁそのことはおいおい話すとするよ。


 だが見た目で勘違いされやすい男ではあるが、根はとても心が清らかな男である。


 雨の日に、捨てられた猫に『君も独りなの?』とか言っちゃうタイプ。


 というか、その現場を俺は見てしまった。雨の降る公園でダンボールに入った猫にそう言うんだから、本当に大爆笑した。


 だって、今日日きょうびそんなこと言うヤンキーいるか?普通。


 まぁその後、然るべき処置を二人で行ったのをきっかけに仲良くなったんだから、人生とは分からねぇもんだよ。


「はよー雅。いきなりなんだけど質問」

「ん、どうしたの?」

「鈴音千花って知ってるか?」

「「「「「!?」」」」」


 その質問をした瞬間にどよめく教室。突き刺さる視線。そして目の前で、雅の手から抜けるように地面に落下していく、いちごミルク。


 待ってろ、今アイルビーバックしてやるからな。


 それをひろいあげる頃に俺に聞こえてくるのはヒソヒソ声とは名ばかりの会話たち。聞こえてんだけどお前ら?


「え、うそあの篠塚が?」

「2次元にしか興味のないあいつが?」

「ついにうちのアイドルまで......」


 どんな立ち位置だよ!と突っ込みたい気持ちを、これでもかと押し込み、雅に質問を続ける。


「で、知ってんの?」

「いや、まぁ知ってるも何も。うちの高校のアイドルみたいな立ち位置だよ。というか隣のクラスだけど」

「え、まじで!?」

「う、うん。お淑やかで」

「お淑やか」

「超がつくほどのお金持ちで」

「超がつくほどのお金持ち......?」

「んでもってすんごく可愛いんだ。」

「それは同意する」

「え?」

「あ、いや、なんでもない。はは......」


 纏めると、学校ではお淑やかなお金持ちお嬢様で、その容姿からほぼアイドルのような立ち位置らしい。


 俺の知る鈴音は、気性の激しいツンデレタイプで超がつくほどの貧乏。容姿はそのまま一致はするが......。


 猫かぶって生活してんのか?被りすぎて虎にでもなってねぇーかあいつ。


 まぁ噂の独り歩き、という線で一応納得をした俺に、釘を刺す用に雅は続ける。


「一応忠告しておくけど、手を出さない方がいいよ。ファンクラブや親衛隊なんてあるし、身持ちが超硬いって有名だし......。振られた人なんてごまんといるらしいしね?」


 雅のセリフを聞いて、びくっと肩を震わせるクラスの男性陣数名。おそらく散っていった者たちだろう。面構えが違う。


 俺は俺で震えていた。そりゃそうだろ。


 そんなファンクラブまで設立される学園のアイドルに耳かきをされた挙句に、今朝一緒に朝食を食べましたなんて言った日には......。


 脳裏の浮かぶ磔にされ、耳かきを目の前で潰された挙句に火炙りにされる光景。俺は乱暴に、頭を振る。


 そして絶対に同棲事実が伝わらないようにしようと心に決めた。一応、神にも祈っておく。


「あ、居たわ。遥斗、LI○E交換しましょ」


 神などいなかった。俺が魔眼持ちならいの一番に殺してやるからな。


 どよめく教室。突き刺さる殺意。いちごミルクを落とす雅。キョトンとする鈴音。


 うん、寝たフリしよう。そうして机に突っ伏そうとするが、ずんずんと近づく千花。増える殺意。頭が白くなる、俺。


 頭で踊るような絶体絶命の文字と、川の向こうでリンボーダンスをする耳鼻科のおばちゃん。万事休すかとも思ったが、ここで動く男がいた。


「す、鈴音さんじゃん。ぼ、僕ともLI○E交換しようにょ!」


 少し上擦った声と耳まで赤くなる雅。本当、高校デビューなんて似合わない。というか、慣れない事をするもんだから、かんでるし。


「は、なんで......」

「この間、違うクラスの人とも仲良くなりたいって、遥斗くんに相談してたから......」


 は?なにこいつ、惚れるぞてめぇ。というか、有能すぎて逆に怖いわ。


 何やら鈴音は、雅のスマホの画面を少し見た後、まぁいいわ、とスマホのIDを交換した。


 何見せたんだろ。後で聞いてみよ。


 まぁそんな有能な男のおかげで、自然と交換はできた。うん、できたんだけども......。


「鈴音様!僕も交換します!」

「あ、私も私も!」

「ふ、ふへへへへIDでも繋がれる...ふひ」


 おい今やべぇやつ居ただろ、つまみだせばかやろう。


 そう、クラス内はもう大パニック。小学生の頃、クラスの男子がカブトムシを持ってきた並に、いやその時以上に教室中は祭りも祭りになってしまった。


 我先にと、交換に群がるクラス全員が最終的にもつれあいの喧嘩になっているような阿鼻叫喚の地獄絵図。だがそんな状況を知ってか知らずか鈴音はつかつかと教室を出ていってしまった。


 おい無法地帯となったこのクラスどうすんだよ......。


 まぁ...いいか。あまりの一連の流れで俺たちが交換したことは多分バレてないんじゃないか?


「ありがとう、助かった雅」

「後でどうゆうわけか聞かせてね。」

「まぁ、うん、掻い摘んでなら」


 ニコリと笑う雅に苦笑気味で俺は返すしか無かった。しみじみと友情の有難みを感じながら。


 というか、ほんとどうすんだこのクラス.......。


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