第8話 契約っていうほどのものではない
早朝の朝日を浴びながら、清々しく朝ごはんを作っている。こんな気分は何時ぶりだろうか。
小学生のサンタ来襲イベント後か? はたまた誕生日の当日の朝か。どんな経験だろうと、生まれて初めて美少女の耳かきをされたあとの朝には叶わないだろう。
ふふ、我ながら気持ちが悪いな。しかもただされただけではない。おっと、そろそろ時間かな。
優しいような、気だるいような、そんな野暮ったい音を響かせながら、二階から彼女が降りてきた。
「おはよ...あんたなんでここにいんのよ......」
「......。開口一番それかい。いや、その台詞は俺のセリフのはずなんだけど、とりあえず顔洗ってこい」
眠気まなこを擦りながら、絶世の美女にランクインしてしまいそうな程の美少女は、欠伸を漏らしながら言われた通りに洗面所に向かう。
そう、住んでいるのだよ。寝ぼけた顔でもクラス中の、いや学校でもその顔に優るものは居ないであろう美少女が。
しかも男子が愛してやまないサキュバスだ。......。いやごめんて、さすがに煽りすぎたのは分かるからその鈍器は仕舞ってください。
まぁ、結局昨日その流れでうちに泊まることになったサキュバス、鈴音千花だがあの後神に誓う。何も無かった、いや、何の成果も得られませんでした。
据え膳食わぬは男の恥だって? バーロー、そんな事してみろ、人間としてなにか大事なものを失ってしまうぞ。
というか、普通に寝た。いや俺も期待したよ? ムフフ、アハハな展開をな?
でも体は思いのほかぐっすりと夢の世界へと誘うんだよ。幸福に優る睡眠導入剤はないって事なんだろうな。
うちは、五人家族で、しかも海外まで出張で家族を引っ張っていける程度には裕福だと思う。
そこまで考えて、少しだけため息が出る。鈴音が無事に起きてきてよかったと。
時間通りに起きなかったら、昭和の母ちゃんよろしくフライパンをおたまで叩きながら、部屋の前で起きるまで永遠でそれを行うところだった。
ん?ドア開けて起こしに行けばいいじゃんって?
そんなイベントは用意されてないし、もう流行らせる気もない。最悪俺が先に学校に行く。それほどまでにドアを開けたら半裸の美少女が〜の展開をお望みなら俺のおすすめラノベでも読んでろ。
要らない?さいですか......。
アホみたいなことを考えていたら、さっぱりとした鈴音がリビングに現れた。今度は俺の存在をちゃんと思い出しているみたいでよかったのだが、今度はテーブルの上を見ながら驚いていた。
本当に、ころころと態度や表情が変わる奴だよ。
「え、なんでご飯あるの?」
「いや、普通に朝ごはんだけど。普段から食べない?」
「その話はやめて頂戴......」
「あ、え、ごめ」
地雷の分からない女である。
机の上に並べられたパンと目玉焼き、簡易的なサラダに、レトルトのスープ。これだけ見ればよくあるような朝食なのだろうが、どうやら鈴音にとっては数年ぶり、いや下手したら数十年ぶりの朝食なのだろうと思う。
まぁ朝抜く人も居るし、俺もたまには抜くけどさ。悲しすぎねぇか、同級生のそんな日常を知るのは。
驚きながら椅子に座る鈴音に、どうしようもない程の同情を感じながら俺も席へと座る。
「いただきますー」
「い、頂きます。んぐ、わ、焼きたてのパンってこんなに美味しいのね.....」
「これ以上切ないこと言わないでくれ」
涙量産機かてめぇ。映画館にでも、上映されてきてくれ。
黙々と食べ進める俺たちだったが、何やら気がついたような表情の鈴音。そして少しだけ焦った表情で俺に詰寄る。
うわ、めっちゃいい匂い......。鼻腔を擽るような甘い香りがふっと飛び出す。なんで同じようなシャンプーやら使っているのに、こんなに差が出るのか。
これは世界七不思議だろまじで。
「ご、ごめんなさい!そうよね、普通に考えればそうよね。私、最低だわ。」
「は?」
「こんなに家事ができるのって、彼女が居るからじゃ―」
「その話は止めてくれ......」
「あ、え、ごめ」
地雷のわかりやすい俺である。
気まずい沈黙の流れを断ち切るように、俺は乾いた笑みを浮かべながら気がついたことを鈴音に聞いた。
「そういえば、角消えてない?」
「あー、確かにそうね。」
バクバクと朝食を胃に入れていく鈴音を見て気がつくこと。そう角がないのだ。
今日も綺麗なハーフツインになってはいるが、昨日の角があった場所には主張しすぎないシュシュがその役割を果たしていた。
鈴音は掻い摘んで説明をしてくれる。
魔力というのは、それこそ人間で言うところのカロリーや活動のエネルギーの代わりとなる。その魔力を消費する事で、様々な人得ない力を発揮することが出来るのだが、元々半悪魔のような千花には維持するだけで消えてしまう。
昨日の浮遊も無けなしの魔力を使っての出来事だ。なので昨日の分は寝ている間に消費してしまったらしい。
そのことを聞いた俺はぽんと手を叩き、とんでもないセリフを口から吐き出してしまった。
「なるほど、皮下脂肪みたいなもn―」
普段聞かない風切り音と共に、後ろで何かが刺さる音が聞こえる。硬い壁に、なにか鋭利なものが突き刺さるような......。
恐る恐る後ろを振り返ると、鈴音が持っていたはずのフォークが、深々と現代アートのように壁に突き刺さっていた。
あら、と鈴音がつぶやき、壁に刺さったフォークをとる。そして台所の流しへ置いて、食器棚を物色し始めた。
「まだまだフォークはあるみたいね。遥・斗♡」
「すみませんでした......。」
殺されると思いました。本当に殺されるかと思いました。後の俺の供述である。
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「「行ってきますー」」
揃って誰もいない家に向かってそう言いながら、学校へと歩く。学校まで約15分ほども歩くが、元々好きな音楽を聴きながら歩くのが好きだった俺にとっては苦でも何でもなかった。
「そういえば鈴音今日はどうすんの?」
「え、あ、考えてなかったわ......」
「その日暮らしするには早くない?」
「うっさいわね。日本が悪いのよ。なんで生きるためにこんなにお金が必要なのよ......」
そう呟くのはまだ早いのではないかという言葉を俺はぐっと押し込めた。それを言ってしまえばこの横で歩く華奢な体はくしゃりと折りたたまれて、二度と立ち上がることが出来ないだろう。
代わりに俺は朝考えていた事を話す。
「提案なんだけど」
「?」
「1週間か1ヶ月ぐらい家で住まない?」
「は、はぁ!?」
「いや、このままじゃあまたねって言ったらまた公園にでも行くだろ」
「ぐっ、そ、そうだけど」
「んでもってその間にバイトと生活出来る住居を探す。それでもダメならまた別のこと考えるって感じ。報酬はその、耳かきで......」
期間は限定的とはいえ、比較的安全な場所で三食ご飯付きのお風呂完備の超良物件。そして対価として耳かきをするというだけのもの。
自分で言っててきっしょ。なんだよ耳かきって。でも俺にとっては何物にも変えられないんだ。
だって鈴音が居なくなってしまったらまたあの祭囃子のおばちゃんだろ。あの気持ちよさを知ってしまったらもう戻れねぇし、戻りたくもねぇ。
「でもなんで......」
言い淀む鈴音。それもそうだ。ここまでの好条件をただの耳かきだけで済ますなんて、さすがに良心の呵責が訴えるんだろう。それをなきにしても、普通は疑う。
まぁでも、鈴音にいて欲しいのは本音だ。
「昨日も言ったけど、本当に嬉しかった。だから俺も恩返しってことで。」
「ぷっ。本当にお人好しね!」
そう言いながら、少し前方を歩く彼女。振り返って俺の名前を呼ぶ彼女の顔は、どんなものにも負けないなんて、俺は小さく思ったのだった。
絶対本人には内緒だけどな。
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