第7話 俺とサキュバスの奇妙な生活の始まり
「えっと、ここがお風呂場。服は持ってるなら、それで。持ってないなら俺の貸すから、一応洗いたてだし、手も付けてない。
そういえば、俺シャワー派だからお風呂溜まってないけど大丈夫?」
「あ、え、えと、そ、そうね。耳かきのやりすぎはダメよね!?」
「そんな話してないけど、さっきからどうした?」
さすがの俺も心配してきたぞ。結局ちゃんと泊まることが決定して一応家の説明をさっきから行っているところなんだけど......。
部屋やトイレの場所、そして今しがた風呂場の説明をしていてもずっと鈴音は上の空。そしてなんだが、ずっと赤面し、俺と目も合わせない。
しかもその華奢な体で、高校指定の鞄を抱きしめている。あんま陳腐な表現は使いたくないけど、初めてこの言葉使うわ。
おい鞄、そこ変われ。
「そ、その。男の人の家に泊まるのって初めてなのよ......。だから、緊張してるだけ、分かった!?」
そんな俺を知ってか知らずか、鈴音は地雷を踏み抜いた。いやなんなら狙撃した。
これまで平静を装って説明をしている俺だが、ゴミの役にも立たない理性の糸をずっとちぎれないように頑張って耐えていた。だがそれももう、今の台詞で木っ端微塵。
あばよダチ公、また会う時は荒縄にでもなって帰ってこい。
「ごめん。小一時間虫が虫を食べる動画見てくる......。」
「え、ちょ、大丈夫なのそれ!? 」
少しだけ残念そうな顔を俺に向けるな。今の発言がやべぇことぐらいは自覚している。だが、だがな.......。
「優しくしないでよ!頑張ってるのに、これでも頑張ってるのに!」
ぷんぷんと鼻を鳴らしながら、風呂場を後にする。もちろん俺だ。
人間ってのは、可愛さがキャパオーバーしたらどんな言葉が飛び出すのか分からねぇもんなんだな。
きっと扉の向こうでは、色々と考えているだろうがもう限界っす。俺だって女の子を家に入れた経験ないわ.......。
泣いてなんかいないもん。
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「お風呂ありがと、って何してんの?」
お風呂から上がった鈴音は、どうやら俺を探しにリビングまで来たらしい。あの後、冷静を取り戻したのだろうか。まぁ風呂入ってんだからある程度は落ち着いたのかもしれん。
それか自分よりヤバいやつ見て冷静になったか。後者なら今すぐにでも神に祈って、異世界転生でもしたい案件ではある。
絹のようなブロンドの髪の毛が湿気を伴い、血行が良くなったのかほんのりと赤い頬。そして俺の一応置いておいた新品同然のパーカーを身にまとっていた。
やっばいっすね。俗に言う彼T?とかいう代物というか、そのシチュエーション。しかも湯上りのせいで、可愛い、綺麗を混在させながらさらに艶っぽい。もう何だこの生物。人間の完全敗北じゃねぇーか。
あまりのその破壊力と、認めざるおえないその完璧なまでの美貌に見とれていたらぶっきらぼうに、何よと言われてしまった。
俺は取り繕うように、そして誤魔化すように麦茶をコップに入れて彼女に差し出してからまた台所へ向かう。
「あ、鈴音。さっきは取り乱してごめん。」
「あの件はもう無しにしましょ。私もその、取り乱したし。それで、あんた何してんの?」
「え、料理だけど?」
あの後、俺は虫の動画を見るという地獄のようなことをやろうと階段を昇っている最中に、ふと我に返った。
そして思い出す。鈴音は言っていた。ココアを最後のカロリーと。もしや、ご飯食べれてないのではないか?という一抹の不安と、明日の弁当の仕込みを忘れていたことを。
それで今に至る。俺は現在フライパンで鈴音の料理と、明日の弁当の仕込みをしているのだ。
「鈴音、もしかしてご飯食べてないんじゃないかと思って。まぁ今日会った男の飯はさすがにちょっとって思うなら、全然構わないけど」
「え、いや食べていいなら食べるけど......?」
「そっか、なら良かった。」
さすがに要らないですなんて言われることも想定していたから、食べてくれると言われて安堵の笑みが溢れる。ん、なんで鈴音少し顔赤いの?
「あ、それで明日の弁当なんだけど。」
「え、いやさすがに!」
「居るならその分作るし、要らないなら大丈夫。一応お弁当箱の種類分けるから、バレることはないと思うけど。」
様々なラブコメや、ラノベを読んできた俺から言わせると、その種類の主人公は何やら一言とか遠慮とかが無いと思う。
まぁそりゃ色々なイベント用意しないといけないのは分かりますし?俺も大好物ではあるんだけどさ。
現実世界でやってみろ。それこそ不審者と同じ股間という相棒への今生の別れと、冷たい牢屋暮しが待っている。
なので、風呂場の説明の後にすぐに使用中の立て札だけは何としても守らせようと説明をしたのだ。弁当だって妹と姉の弁当箱がある。
学校で同じ弁当持っていったらどんな事になるか、頭のいい人間ならすぐにわかるだろう。
ふっ、我ながら有能すぎて涙が出るぜ。
「なんでそこまでしてくれるのよ」
自身の有能さに震えていた俺に、鈴音は少しだけ訝しげにそんな言葉を投げた。
フライパンに蓋をして暫し考える。ここまで俺が世話する理由か?
んーそんな事言われてもなぁ。
「なんでってそりゃ......」
はたから見たら、そりゃ大きすぎる報酬と見えるだろう。でも、鈴音が俺にしてくれた耳かきは、俺にとってそれはそれはありがたいことなんだよ。
異常な代謝から自分で耳かきをすることが出来ず、耳鼻科のおばちゃんに祭囃子の掛け声で施術される日々。
耳かき専門店にも行きたいが、一人で行くこともできないほどの臆病さ。
それでも一度は気持ちのいい耳かきをしてもらいたいという長年の夢を、どのような形であっても目の前の鈴音は叶えてくれたんだ。
ほら夢見た昔の事が、白馬の王子様に叶えてもらった的なニュアンス。まぁただ耳かきを美少女にしてもらっただけなんだけどさ。
それでも俺にとっては本当に心の底から嬉しかった。
そのことを話すと、馬鹿にする訳でもなく目の前の鈴音はただ優しく笑って
「また、してあげるわよ」
と言ってくれた。
ただの偶然の出会いで、ただの思いつきかもしれないそんな言葉にどうして俺は目頭が熱くなるんだ。
我ながら単純に生まれて良かったよ。
「まぁそういうわけだから。とりあえず明日は七時起きで。とりあえず部屋には絶対入らないから遅刻無しでおなしゃす」
「分かってるわよ。」
そうして鈴音は、出てきた俺の料理を口に運ぶ。久しぶりに、いや本当に久方ぶりに暖かい出来たてのご飯を食べるみたいな鈴音の表情になんだか切なくなる。
どんだけ切羽詰まってたんだよ......。
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