第4話 耳かきから始まるなにかの序盤
「じゃあ始めるわよ、来なさい。」
そう言いながらポンポンと膝を叩く彼女。ふむ、何やら手順がおかしいように思えるのは気の所為なのかな?
ニーソックスからちらりとこちらを見つめる白い肌、そして彼女の華奢でスレンダーな体。そんな二つに挟まれてしまっては持っている理性など耳くそほどにもならないだろう。
「いや、その体勢で?」
「他にどうすんのよ。こっちの方が幸せでしょ?」
挑発的な彼女に、俺はさらに待ったをかける。たしかに幸せだろうけど、いやそうじゃない。確かに膝枕というのは破壊力がやばい。本当に落ち着けって己の心臓に面と向かって言いたいぐらいには、バクバクとエンジン音を鳴らしているんだけど。
いやでもこの状況は然るべき手順を踏んでさらに好感度を上げる選択肢やら何やらをしてからではないのだろうか?
そして膝枕というギネス級のシチュエーションにも欠点はある。
「いや、その体勢は確かに最高だけど、奥に耳垢を押し込んじゃうじゃん? 」
「は? サキュバスの私がそんな初歩的なミスするわけないじゃない。あんた、私の技術舐めんじゃないわよ」
俺の心配は、バカにすんなよみたいな態度のそんな言葉に一蹴された。サキュバスならもっと違う技術を伸ばそうよ......。
「ちょ、ちょっとまって!」
「?」
焦る思考と、快楽に溺れたい体を無理やりにでも動かし、お風呂場へと直行する。そして少しだけ厚めのタオルを持って俺は部屋に戻った。
「これを膝に引いては貰えぬだろうか?」
「なんでそんな......え、うん。」
何かを言いかけた彼女だが、俺の劇画調の彫りの深い必死な形相に言葉が引っ込む。俺、こんな顔できたのかよ。演劇部にでも入ってやろうか。
「え、えっと、それで耳かき棒は?」
これも当然の質問だ。耳かきは耳かき棒や綿棒、綿を使ったものなど様々な道具を用いて掃除する。それこそ古今東西、国によっても様々な種類が存在する。
だが、目の前の彼女は何も持っていない。それどころか俺の声を聞くと、自信満々に答える。
「ふふん、任せなさい?サキュバスの尻尾を使えば......」
そう言いかけて青ざめた。それもそのはずだろ。彼女にはサキュバス特有のしっぽもなければ角もなし。羽もなければついでに胸もない。
「ち、違うのよ!魔力があれば......魔力があれば私にだって......!」
うん、魔力があるならこういう状況にはなってないですよね? いや、うん、まぁいいか。
「少し待ってて」
「?」
プルプルと赤面しながら、震える彼女に対して俺は少しだけ笑みを見せながら引き出しを探す。
確か引き出しに閉まっておいたはずなんだよなあれらを。
ガサゴソと音をたてた後、お目当てのものを探し出してズラっとそれを彼女の横に並べた。
それは様々な耳かき道具達。竹の耳かきもあれば梵天が着いたもの。綿棒から金属で、できた形のよく分からないものまで取り揃えられている。
耳かき専門店に比べるも恥ずかしくないその道具たち。どうだ、俺の宝物は凄かろう。だが、俺のその自信満々な顔とは対照的に、彼女の血の気は少しだけ引いた。
冷房効きすぎたかな。
「あ、あの。用意してもらってなんだけど......ちょっと引くわ......」
.......。
うん、分かってはいたけどね。面と向かって言われるとやっぱ傷付くじゃん?
「分かってるよ!でも仕方ないじゃないか......耳かきしたくても、出来なくても......欲しいものは欲しい!」
そんな俺の熱意の籠ったセリフを聞いて呆れた表情の彼女だが、少しだけ笑みを浮かべながらポンポンと膝を叩く。
「ほら、おいで?」
少しだけ柔らかな口調に、俺の胸は飛び跳ねる。そのギャップはずるいのでは。
「し、失礼します......」
思わず口から出る言葉も丁寧になってしまう。そして俺はゆっくり、本当に慎重に彼女の膝に頭を乗せた。
タオル越しでも分かる柔らかな、そしてまた弾力のある感覚。タオル越しだから良かった、タオル持ってきて良かったと悶えるのをかなり抑え込む。
ゆっくりと彼女の手が、俺の耳に触れた。ビクッと肩を驚かせたが、その優しい温かさに次第に目が細まる。
「うわぁ......。本当にいいわね。まるで宝石箱だわ」
「なんて嫌な宝石箱だよ......」
少しだけ意識が残っている部分で、苦し紛れにそう返す。なんともまぁ情けない返しだ事と我ながら思うが、どうやら彼女の耳には届いていないらしい。
まるで本当に宝石箱を見るような視線を感じる。早く早くと、遊園地で子どもが父親に手を引っ張るようなそんな雰囲気。
そしてゆっくりと彼女は耳かきを始める準備をする。
最初は手で優しく耳朶やその周辺を押したり、揉んだりしながらゆっくりと緊張で強ばった耳を解していく。
やばい、これは声が出そうになるほど気持ちがいい。
耳鼻科で耳かき、もとい施術のようなものを受けても、それは耳あかを取る為であり、ものすごく事務的に処理される。
なんなら俺の担当の先生は、昔からの顔馴染みのおばちゃん。痛くもないが気持ちよくもない。なんなら耳垢をとるたんびに祭囃子のような掛け声をしてくる。
耳垢とる時に掛け声とかホントやめて欲しい。そういうマニュアルあんのかな。
死んだ魚のような目になるのは、想像も容易いだろう。
そんな経験しかしておらず、擬似的な耳かき動画して聞いてこなかった俺にとっては未知との遭遇レベル。まじで指と指合わせそうなレベル。
しかも相手は顔は見えずとも、並のアイドルより全然可愛らしい女の子。タオルは次第にその足の形に沈み、女の子のような柔らかさを俺に教えてくる。
「それじゃあ、次は耳かきね......?」
ゆっくりとした口調でそう言われ、耳にゆっくりと竹の感触が伝わってきた。
あ、これ堕ちるやつだ。絶対そうじゃん
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