第3話 俺の知ってるサキュバスと違うんですが

「で、落ち着いた?」

「あ、ああまぁ、うん、ありがとう......」


 取り乱す俺に、彼女は鞄から取り出した新品のココアのペットボトルを差し出す。先に言っておくが、この慌てふためいた方が家の持ち主であり、落ち着いてココアを出している方が客だ。


 もちっと頑張れよという声はあるが、それはどうか大目に見て欲しい。


 なぜなら目の前には可愛らしいあの時ハンカチを渡した相手がいて、しかもその子は浮いていたのだから。


 俺は、ココアを平静を装って飲むふりをしながら彼女の脚を見る。そこには綺麗なニーソックスに身を包んだ彼女の細い足があった。


 うわすげぇ綺麗な脚......じゃなかった。幽霊じゃないと安心したのもつかの間、俺は湧き出る疑問をつい口に出していた。


「えっと、君は?」

「ふふん、そう言われると思ったわ!」


 いや、それもそうだろ。だって浮いていたんだもの。誰でも聞くだろ普通。


「泣いて喜びなさい!私はサキュバス、男どもが愛してやまない、あのサキュバスよ!」


 自信満々にそういう彼女。確かに現実離れした可愛らしさがある。胸はないが。いや、頭の中もすっからかんなんでしょ、きっと。


 そして俺は、自然と優しい慈愛に満ちた表情をうかべる。ああ、なんて綺麗な心持ちなんだろう。今なら空だって飛べるはず。


 サキュバスと名乗ったこの目の前の女の子も少しだけ顔を紅潮させ、安心したような表情をとった。以心伝心が既にできているようで安心だ。


 そして俺は傍らに置いてあるスマホを取って、慣れ親しんではないが絶対に知っている番号に電話をしたのだ。


「すみません、警察ですか。あの今家に―」

「はあああああああああわっしょいぃぃぃ! 」

「俺のスマホがああああ! 」


 国家権力に頼ろうとした俺のスマホを、目の前の自称サキュバスはすかさず奪い取り、通話を終わらせて壁にぶん投げたのだ。


 普通に酷い。


 相棒に駆け寄り、画面を確認する。どうやらガラスの心のように脆い画面も、ご無事なようだ。少し落としただけでヒビの波紋が広がる昨今のスマホにしては、奇跡だろう。


 少しだけ恨みを込めた顔を彼女に向けながら、俺はごちる。


「急に何すんだよ。」

「あんたが警察なんか呼ぼうとしたからでしょ?話聞きなさいよまったくもう......」


 とりあえずこのままスマホをいたぶられたくないので、話を聞くことにしよう。一応スマホはもうポッケにいれておこ。


「それで、えっとサキュバスって」

「言葉の意味よ。私、サキュバスなの」


 会話のキャッチボールとは。


「は、はぁ」


 残念でアホの子を見るような目、いや実際目の前の美少女が残念でアホの子だということを再確認できる。


 私サキュバスなの、という言葉の破壊力はさておいて、俺はどうしたものかと頭を捻った。


 それが事実であれば、男子高校生にとってこれほど甘美な響きはないはず......なんだけどさ。


「なんで耳かき?」


 意識が混濁とし、川を見る寸前に彼女の言い放った言葉に引っかかっていた。それこそサキュバスはエッチなことして、男性の精液を回収する種族的な立ち位置。


 二次創作でも多く見られるし、なにより俺の秘蔵フォルダの中にもそういった類のものが多く丁寧に保管されてる。


「あたし達サキュバスは幸福な気持ちが得られればいいのよ」

「え、エッチじゃないの!?」


 すかさず体が反応したとしても、あまりの返答だと自身でも思う。


 か弱い乙女、しかも男性と二人きりの部屋で発せられる言葉とは思えないほどのデリカシー何処吹く風といった発言。


 だが俺の言葉を受け、目の前の少女は茹でダコのように赤面し始め、口調が荒くなる。


「ば、ばっかじゃないの!? 軽々しく言うなんて、さ、最低よ! 」

「ご、ごめん!? 」

「ま、まぁそういう子も多いけど......でも......そういうのは好きな人と......したいじゃない......? 」


 上目遣い、そして若干潤んだ瞳でそう言われてはもう何も言えなくなる。可愛い。だが、脳裏に浮かぶお花畑とはてなマーク。


 サキュバスなのに超純粋ドピュアかよ......。


「それでなんで俺なの? 」

「それは......えっと......」


 当然の質問だ。一人見たら三十人いると言われるほど、男は多い。男がほぼ全滅した世界じゃないんだから、俺をピンポイントで選ぶ理由は何故なのか。


 そんな当然の質問に、モジモジと指をくねらせながら、目の前の彼女は語った。


 サキュバスと言っても、人間とサキュバスのハーフであり、慢性的に魔力と言われるものが不足しているという事。そして、今まではどうにか貯金を切り崩し、ご飯を食べて生きてきたが、その頼みの綱の貯金もそこが見え始めてしまった。


 焦る彼女。減る貯金。無い胸。


 そして魔力補給の為に、今日のような事をしていたが収穫はゼロ。


 そりゃそうだろ。普通、耳かきしますなんて美少女の言葉怖くて、素直に受けられない。


 ついていったが最後、黒光りの外人マッチョにお金を搾り取られるのが関の山だ。どっちがサキュバスだよ。


 そんなこんなで途方に暮れていた所、俺を見つけたという。


「人目でわかったわ。耳かきさせてくれそう、というか耳かきしがいがあるって」


 何を見たらそう思うのか教えて欲しい。


 まぁ色々なことを今教えて貰って俺は少しだけ考えた。同じ高校にいる人がサキュバスでとても困っている。


 そして今断れば何をされるか分からないし、何より今後もあのような事を行っていれば本当にこの子が泣くようなことになってしまうのではないか、と。


 嫌な風景が頭をよぎる。薄い本の悪影響がここで出るんかい。


「ちなみに、ここでもし俺が断ったら......?」

「まぁ諦めて帰るわよ。」


 冗談半分で、出方を見ようと思ったそんな質問。だが、目の前の女の子は意外にしおらしい返答で俺は少し驚いた。


「な、なによ。私もそこまで図々しくないわ」


 え、スマホは? スマホはノーカンなんすか?


「ダメなら普通に帰るわよ。はぁ、でもまたダンボールか......」

「ん?」


 聞きなれない単語が飛び出してきた。いや、日常生活でたまに聞く単語ではあるんだけど、会話の流れではおかしくないか。


 若干、先程とは違う種類の冷や汗が俺の体を伝う。


「えっと、ダンボールって?」

「あの公園に住んでるのよ......。家賃払えなくて......。あんたにあげたココアが最後のカロリーよ......。



 公園に咲いている花って甘いのかしら......。」


 花の女子高校生が、目の前で花って美味しいのだろうかなんて抜かしよる。おいおい、パンケーキとかならいざ知らず野花って......。そして何より、あの公園で寝泊まりって.......。


「分かった。」

「え?」

「えっと、すんげぇ恥ずかしいけど.....その耳かきをお願いします......」


 その返答を聞くと日が差し込んだように明るくなる顔を見て、俺は少しだけため息をついた。あんな台詞と顔をされては断れないだろ、なんてことを考えながら。










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