【10】
電車は、まだ動き出していない。私たちは、交差点の横断歩道をもう一つ越えたところにあるコンビニの狭苦しいイートインスペースを待機場所に選んだ。あまり掃除もされていなくて、テーブルはこぼれた飲み物でベトベトになっているような場所だったけど、それだけに、人が寄り付かないという大きな利点がある。私は、こういう場所が好きだ。ペットボトルの飲み物を買って、あまり座り心地の良くない椅子に腰を下ろす。
「ごめん」
松山が謝ってきたけど、別に松山に落ち度はない。梅原たちのニヤニヤした表情は愉快ではなかったにせよ、正直どうでもいい。
「さっきの松山、ちょっと格好良かったよ」
軽いリップサービスのつもりだったけど、松山は無愛想な表情を変えない。
「……本当にそう思ったか?」
聞かれていることの意味がよくわからなくて、少し首を傾げる。
「俺、さっき嘘をついた気がする。自分は本当は、アメフトの練習がキツくて、スランプが抜けられなくて、それで逃げて文芸部に入ったってだけなんじゃないかって」
「逃げたんだったら、いけないの?」
松山がアメフトから逃げているのだとして、それが重大な問題であるとは思わなかった。
「文学者なんて、人生から逃げてばっかりじゃん」
私は、まともな人間がどんなふうにものを考えて、どんなふうに行動するものなのか、それを知りたくて本を読むようになった。でも、実際読んでみると、本を書く人というのは必ずしもまともな人ではない。たとえば女と心中して自分だけ生き残るような人が松山より立派だとも思わない。
「…そうかもしれないな」
松山が何かに納得したように呟く。鉄道会社のサイトに、運行再開の表示が出ている。ペットボトルを鞄に押し込んで、私たちは駅に向かう。雨はますます激しくなるけど、松山の傘が隣にあるおかげで、来たときほど身体を濡らすことはなかった。
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