【9】

 駅に着くと、いつもより人が多くて、何やらざわついている。大雨のせいか、事故で電車の到着が遅れているようだった。駅のアナウンスによると、運転再開まで後40分ほどかかるらしい。私は、どこかで時間を潰せないかと、駅前のファストフード店を覗いてみたけど、そこは同じようなことを考えた人たちでごった返している。大きな交差点の横断歩道を渡ったところにある喫茶店に行くと、いつもより混んではいたけれど席は空いていた。折り畳み傘ではとても防ぎきれなかった雨水に濡れた体をハンカチで拭いて、店内に入る。

 220円のブレンドコーヒーを注文して、狭い店内の奥に進むと、2人がけのテーブル席に松山が座って本を読んでいた。

 「ここ、良いかな?」

 まだ一緒にお茶するような親しい間柄でもないけど、敢えて離れた席に座るのもなんだか却って気まずい。お客は増えてるし、2人用の席を松山ひとりに独占させるよりいいだろう。松山も嫌とは言わなかった。

 「評論っぽいものを書いて、沙有里さんに見てもらったんだけど、あまり気に入ってもらえなかったみたい」

 松山は読んでいた新書をテーブルに置いて、ブラックのアメリカンに口をつける。

 「どんなことを言われた?」

 「うーん…多分、陳腐だっていうことなんだと思うけど、難しいよね。あまり斬新な発想とか、私できないし」

 そもそも、評論にせよ小説にせよ、「斬新な発想」が求められているのかもよくわからない。

 「無理に奇抜な意見を言おうとしなくてもいい、とはよく言われる」

 「仲澤に?」

 松山は無言で頷いて、またコーヒーを啜った。

 「でも奇抜でないことを言ったら、文章にして人に読んでもらう必要がない、とか言われるもんね。やっぱりよくわかんないや、私には」

 そもそも、仲澤が私を文芸部に入れた理由からして理解できない。いや、単なる数合わせであって、特に私が選ばれたわけでもないのだろうが。


 「あれぇ?松山じゃん、何やってんのこんなところで?」

 がさつな濁声が、それほど広くない店内に響いた。声の主は、嶺雲のブレザーがあまり似合わない、厳つい体つきをした4人組の男子の中の1人だった。持っているスポーツバッグでアメフト部だとわかる。松山の知り合いだろうか。

 「部活やめて文芸部に入ったって噂本当だったの?何?彼女作るため?」

 バッグのロゴから、ボス格の男子が「梅原」という名前であるらしいことがわかった。後ろの方にいるやつに小さな、でも私にはっきり聞こえる声で「45点」と囁く。

 「梅原さん、俺のことはともかく、他の人に失礼なことを言うのはやめてもらえませんか」

 松山の淡々とした言葉には冷笑が返ってくる。松山がアメフト部をやめた理由がわかった気がする。この人たちのことよりも、松山が私を庇ってくれているような気がして、そこは悪くない気持ちだった。

 「自分は、アメフトが嫌いになったわけでも辛くなったわけでもないです。もっと夢中になれることが見つかったから、そっちを取ったんです」

 そう言ったきり、松山は白けた様子の梅原たちを無視して席を立ってしまった。松山に「行こう」と言われて、私も慌てて、その後を追う。

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