【5】

 人の書いたものを評価するというのは難しい。単なる好き嫌いを言うだけならともかく、批評会というからには、何かしら意味のあるフィードバックでなければいけない。

 文芸部が年に3回発行する部誌のタイトルは『北麓ほくろく』という。その回毎にテーマが設定されていて、小説にせよ詩にせよ、そのテーマに沿った内容のものを書くということになっているらしい。11月に発行予定の『北麓』第22号のテーマは「個性」。このテーマだけでも、私の気持ちを萎えさせるには十分だった。

 私は今日まで、無個性な人間になるべく努力してきたようなものだ。無個性で、平凡で、無害な人間に見えるように必死だったのだ。その私が、ナンバーワンよりオンリーワンとか、そういうことを書かないといけないのだろうか。


 文芸部の批評会は、学年が上の人の作品から順番に取り上げられることになっているようだ。最初は部長の沙有里さん(2回目に会ったときから、彼女は私を「夏海ちゃん」と呼ぶようになったので、私も「沙有里さん」と呼ぶことにした)の小説について、沙有里さん自身の振り返りがあって、その後、他の部員の批評が求められた。

 沙有里さんの作品は、飛び抜けて面白かった。扱われてる主題は、それこそ「みんなちがってみんないい」というような内容ではあるのだけど、お話自体が面白くてそういう説教臭さを感じさせない。メッセージのために物語を書くのではなく、物語の中から自然とメッセージを汲み取らせるのだ。沙有里さんの作品について何か批判的なことを言う人はいなかった。

 後で本人の言っていたところでは、沙有里さん自身は部員たちともっとレベルの高い議論がしたいと思っているらしい。その気持ちも分からなくはないけど、これ以上何をどうすればより良くなるかなんてわからないのだからどうにもならない。

 沙有里さんの小説に続いて、同じく3年の三浦花梨かりんさんの作品が取り上げられる。花梨さんは、この文芸部の中では私のイメージする文学少女の雰囲気に最も近い風貌をしている。サラサラなストレートのロングヘア。女性にしては低めのハスキーボイスも大人びたイメージだけど、性格はすごくおっとりしている。

 花梨さんが書くのは詩や短歌がメインで、今回書いた詩は女の子の恋する気持ち詠んだらしい。

 「これ、どこに個性の話出てる?」

 沙有里さんに言われてみると、確かに「個性」というテーマと直接関係した内容は見当たらない。花梨さんは「えー、伝わらなかったかなあ?」と、照れ笑いを浮かべている。何かをはぐらかしているような感じもする、そんな微笑だった。

 「あちゃー、沙有里センパイ、これわっかんないかぁー」

 鋭く甲高い声は高1の佐倉陽奈ひなさんのものだった。すごく可愛い女の子だ。140センチくらいの小柄な体型で、小走りに移動する姿からは小動物のピョンピョン飛び跳ねるような様を連想する。ショートボブのふわふわした髪型は、どことなく幼い印象を与えるけど、ハキハキした喋り方は、頭の回転の速さを感じさせる。

 「よく読みましょうよ、この子が好きな相手、女の子ですよ?」

 佐倉さんに言われてみると、なるほど、詩の中で描かれている恋の相手の特徴は、女性のそれだと考えた方がしっくりするようなものが多かったし、「自分の気持ちは知られてはいけない」ということが繰り返し強調されているのも、相手が同性だと考えると納得する。佐倉さんが得意げに花梨さんの作品を分析するのを聞いて花梨さんは顔を真っ赤にしている。私は佐倉さんの説明を聞いて、そういう「個性」の表現もあるのだなと感心したけど、書いた当人にしてみれば、目の前で自作の解説をされるのは嫌だろうな、などとも思う。

 沙有里さんは「全く、あんたは…」とため息をついているし、花梨さんは普段からこういう作品を書いているのかもしれない。

 次に取り上げられたのが、文芸部唯一の男子である松山の随想だった。松山は私と同じ高2で、去年はクラスも同じだった。色黒でスポーツ刈りの、体つきのがっしりした、どこから見ても体育会系な男子で、実際、私の記憶が間違ってなければ、彼は去年までアメフト部だったはずだ。どういう経緯で文芸部に入ろうと思ったのかはわからないけど、松山の作品はお世辞にも上手いとは言えない。

 第一に長すぎる。書きたいことが整理されていないのだろうという気がする。今時、40枚近くの原稿用紙を手書きで埋めることができるというのはすごいことなのかも知れないが(手書きで執筆している部員は松山だけだ)、正直なところ、最後まで読む気にはならなかった。

 文章のクオリティーも問題だったが、そこで展開される主張の中身についても議論された。松山が言ってるのは簡単に言えば「学校は生徒一人ひとりの個性を重んじる場に変わっていくべきだ」というようなことなのだけど、その主張を裏付ける論拠に説得力はあるか、そして、その主張は文章にして発表するほどの独自性のあるものなのか。

 「個性を重んじる教育をしよう、っていう意見には、反対意見はあまり出てこないよね。別に間違ったことは言ってないから、敢えて反対する人は少ない。でも、敢えて反対する人が少ないようなことを文章にして人に読んでもらう必要があるのかな」

 沙有里さんのなかなかに手厳しい指摘を、松山は細かくメモしながら熱心に聞いている。

 沙有里さんの講評が一通り終わって、次に発言したのが佐倉さんだった。佐倉さんの批評は、沙有里さんよりも更に厳しい。厳しいというよりも、貶していると言った方が良いようなもので、流石にやりすぎではと思ったけど、松山自身はそんな佐倉さんからのコメントにもメモをとりつつ、静かに耳を傾けている。

 「個性を重んじない学校はダメだって、そういう言い方自体が無個性の極みだと思うんですよ」

 どうも佐倉さんは、沙有里さんと張り合ってるつもりなのではないか。沙有里さんの言ったことを、言葉をキツくして言い換えてるようなところがある。

 「松山先輩の言ってること、なんか嘘くさいんですよね」

 これが佐倉さんの講評の締めくくりだった。松山にとって意味のある助言であったか否かはともかく、佐倉さんの方は大変満足そうではあった。

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