【4】

 文芸部の部室は旧校舎の2階だった。ほこりっぽくてかび臭くて、トイレには和式便器しかないような旧校舎は、生徒も教員もよほどの用がない限りは立ち入ろうとしない。ただ、文芸部室自体はよく手入れが行き届いていて、まずまず清潔な雰囲気ではあった。

 長机が2つと、パイプ椅子が7つ。部屋の奥には3人くらいが座れる大きさのソファーと、小さな丸テーブルがひとつ。壁際にはパソコンの設置された生徒用机があって、その向かいには辞書類の他、文庫本や新書のぎっしり並んだ大きな本棚が設置されている。

 仲澤は私を文芸部室に連れてきて、「新入部員の進藤さんです。私が現代文教えてるけど、文章は書ける人だから、あとはよろしく」などと言ったきり何処かへ行ってしまった。呆然としているところに、背の高い女子部員が駆け寄ってくる。

 「ごめんね、かなめちゃん、強引じゃなかった?」

 あの人、かなめちゃんなんて呼ばれてるのか。はい強引でした、とも言えず、私は曖昧に笑う。

 「3年2組の新村にいむら沙有里さゆりです。一応、部長ということになってます」

 ウェーブのかかったミディアムヘアこそ女の子らしかったけど、165センチほどの背丈はスポーツに向いていそうな雰囲気で、文芸部の部長という肩書にはあまり似つかわしくないように感じられる。2組ということは特進だ。高3の秋という時期に、部活なんかやってていいのだろうか。

 「…進藤夏海です。2年5組です」

 私のボソボソとした声に続いて、文芸部の残りのメンバーが紹介された。部長だという新村さんの他に、高3の女子が1人、高2の男子と高1の女子が1人だった。

 「それで、進藤さんはどんなものが書きたい?」

 新村さんが聞いてきたけど、何かが書きたくてここに来たわけではない。

 「申し訳ないんですけど、小説とかそういうのは…よくわからないんです」

 もしかして仲澤は、ここの人たちに図書館に入り浸ってる文学少女がいるとでも話していたのだろうか。だとしたら、小説を読んではいるけど小説が好きなわけでも理解できるわけでもないという私のことを何と説明すればいいんだ。背筋が冷たくなる。動悸がしてきたのを、誰かに気づかれはしないだろうか。私は新村さんの顔を覗き込んだけど、相手はさほど驚いた様子もがっかりした様子も見せなかった。

 「別に創作でなくてもいいんだ。たとえば、評論みたいなものでも構わない。文化祭までに部誌を作らなくちゃいけないから、進藤さんにもそこに何かしら文章を寄稿して欲しいの」

 新村さんが部誌のバックナンバーを見せてくれるのを、「はぁ」と気のない返事をしてパラパラとページをめくる。評論というと、教科書に載ってるような評論のことだろうか。ああいうのは好きで読んだり書いたりするものなのか。私がそれを書いたとして誰が読むのだろう。

 「ちょうど明日が部誌に載せる作品の批評会だから、それに参加して雰囲気を掴んでもらえたらいいかな」

 そう言って新村さんは、部員たちが書いたという原稿のコピーを渡してくれた。

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