【3】
学校の教員には変な人も多いけど、それにしても、仲澤の変人ぶりは際立っている。年齢は20代後半くらいだったと思う。黒のブラウス、黒のロングスカート、黒のストッキング、黒のヒール、無造作に伸ばされた癖っ毛の黒髪。
喪服のようだ。仲澤を初めて見たときにそう思った。
ICT化の遅々として進まないうちの学校で、1人だけいつも自前のタブレットを肌身離さず持ち歩いている。教科書とか国語便覧とか、その他仕事に関係する書籍や資料は全て電子化したものをタブレットに保存しているらしい。
授業も変わっていた。4月から始まった現代文の授業では、最初の2週間くらいは教科書を読まなかった。代わりに、フランス革命とか宗教改革とか冷戦についての説明が始まった。
一体これは何の授業なのだろう。仲澤曰く、現代文とは現代社会の問題を考える教科であって、現代がどういう時代か、そして、現代に先行する近代とはどういう時代だったのかを知らなければ現代文を読めるようにはならないという。
その理屈がわからないわけではない。だからと言って、現代文の授業であるはずの時間に社会の小テストをされれば困惑するのも当然で、地理や歴史の苦手な生徒は悲鳴を上げている。
文芸部の正式な顧問は
「それで、なんで私なんですか」
嶺雲は中学と併せて千人近い生徒を抱えるのマンモス校だ。読書感想文とかの得意そうな生徒に片っ端から声をかけていけば、文芸部を手伝ってくれる生徒くらい見つかりそうなものだ。
「毎日図書館にいるんだもん。本は好きなんでしょう?」
「…嫌いです」
人選ミスにも程がある、この学校で私以上に文芸部員に相応しくない生徒もいないに違いない。私は、家族の死を悲しむことさえできない人間だ。小説だの短歌だのが作れるものか。
流石に、本が嫌いだという返事は予想していなかったのか、仲澤は少し首を傾げて、何かを探るように私を見ていたけど、少なくとも、はいそうですかと引き下がるつもりも無いようだった。
「入ってくれないなら私にも考えがある」
仲澤はタブレットの画面を落として、椅子ごと身体を私の方に向けて、不敵な笑みを浮かべる。
「あなたが入部してくれるまで、あなたのお気に入りのこの席、毎日私が占領するから。どう?困るでしょう?」
何を勝ち誇ってるんだこいつ。
「いいじゃない。毎日本を読んでるついでに、ちょっと部誌に載せる文章を書いてくれるだけで構わないんだから。はい、これが入部届」
喪服みたいな格好をした地味顔の女は、思った以上に執拗で、根負けした私はその場で入部届けを書かされて文芸部室に連行された。
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