【2】

 私立嶺雲れいうん高校は県ではそこそこな進学校とされていて、その特進コースからは、過去に何人か東大合格者が出ている。ここ数年、国立大の合格実績は芳しくないけれど、それでも難関私大レベルではまずまず安定した結果を出しているし、部活も盛んで受験生の人気は悪くない。

 とはいえ、最上位の学校以外はどこもそうだろうけど、嶺雲が第一志望だったという生徒は少ない。とりわけ、特進コースの生徒の大半は、県立のトップ校を受験して落ちてきた層であり、その歪んだプライドとコンプレックスは同じ学校の下位クラスを蔑むことに向けられる。私のように同じ嶺雲生でも進学コースにギリギリの成績で滑り込んだ層は、特進の生徒や教員に言わせれば「同じ制服を着ているのが納得いかない」ということになる。特進コースの中でも稀に見る秀才と評判だった進藤萌花の妹が私であるとは誰も思っていないに違いない。

 私が嶺雲を選んだのは、生徒数の多い学校の方が、人間関係が濃密にならずに済むだろうと思ったからだ。萌花が嶺雲を気に入っていたのも、そういうところだったような気がする。

 あの日以来、私は相変わらず、誰かとの深い関わりを持たないようにしている。人間関係は狭く、浅く。図書館で本を読むという私の日課は、中3になってから勉強するという日課に変わった。亡くなった姉と同じ学校を目指すのは世間体としても自然な選択のように思われた。めでたく嶺雲に入学はできたものの、中位クラスの授業についていくのも私には大変で、来年には下のクラスに落とされてしまうかもしれない。とはいえ、積極的に友達を作らず、部活にも入らず、放課後は図書室に籠るという日々を過ごす私には、学校内のヒエラルキーなど何の意味もない話だ。

 嶺雲への進学を決めるとき、どういうわけか親にやんわりと反対された。出来の良かった姉と同じ高校に受かったのだから、もう少し喜んでくれても良さそうなものなのに。彼らにとって、私は所詮しょせん私であって萌花ではないのだろうか。

 私は、自分の世界に閉じこもるのがますます上手くなっていた。以前はあんなに社交的だったのが嘘みたいだ。今でも表向きはそこまで非社交的というわけでもないのだけど、以前は何も考えずにやれていたはずの他愛もないおしゃべりに酷く消耗するようになっている。ひとりで本でも読んでいた方がどれだけ気楽かわからない。

 とはいえ、必ずしも読書が好きなわけではなく、特に読みたい本があるわけでもない私は、どんな本を読めば良いかよくわからず、仕方がないので夏目漱石やら森鷗外やら、そういう定番の作品を片っ端から読んでいる。漱石も鷗外も面白いとは思わない。


 図書室の一番奥の、窓際が私の指定席だ。窓際と言っても西側の窓から見えるのは殺風景な旧校舎だけで、南側の窓の外に広がる明るいグラウンドのような開放感は無い。そういう陽の当たらない場所こそ私に相応しい。机は小さめでしかもガタガタ揺れる。ここは、本を読んだり勉強をしたりする人のための席ではなく、人目を避けるための席だ。萌花は図書室を使っていただろうか。使っていたのだとして、どのあたりの席に座っていたのだろう。やっぱりこういう席を使っていたのではないかという気がする。


 10月に入って少しずつ秋らしい肌寒さを感じるようになった。いつも通り、授業が終わると図書室の例の席に向かい、私はそこでぎょっとして息を呑む。私以外に好んで座る人のあるはずがないその席に先客がいた。息を潜めて近づくと、闖入者は私の気配を察したようで、座ったままこちらを向く。

 「お邪魔してます」

 地味な雰囲気の女だった。生徒ではない。タブレットで何かの書類を読んでいたらしい。

 「…何やってるんですか?仲澤先生」

 仲澤かなめ。私のクラスの現代文を担当している講師。

 「進藤さんを待ってたの。いつもここに座ってるでしょう?」

 仲澤がいつ、私の行動パターンを把握したのだろう。気味の悪いことこの上ない。大体、用があるなら授業が終わった後にでも言えば良い。

 「授業の話じゃないの。進藤さん、文芸部に入ってくれない?」


 ……は?

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