第10話それぞれの思惑二

第三王子は敵の撤退と言うことで、無駄な損害を出さず城を取り戻していた。


(横槍が無ければ殲滅出来たものを…)

唇を噛む。

横槍。どうやら兄王子の差し金らしい。


だが敵に暫く確認されていなかった魔将軍が居たことは誤算だった。

だが元々撤退の計画だったらしく、鉾を交えずに済んだのは僥倖だった。


いや、書面のギアスが効いていたならば、新米勇者のワタルでもドラゴンキラー出来たかも知れないと思うと、存外逃した魚は大きかったのかもしれない。



玉座の間の玉座に座る。

ある男を待っていた。



「カエサル殿下、ガンツ殿をお連れしました」

第三王子カエサル。副団長兼副官のロイが告げる。


「殿下、拝謁を賜り恐悦至極」

玉座に座るカエサルに騎士団長ガンツが平伏する。


「無事で嬉しいぞガンツ」

にこりと笑いガンツに声をかける。


「捕虜の屈辱いかほどであったか想像もつかぬ」

思いやる様にカエサルは声を掛ける。

だが平伏させたままだ。


「ガンツよ。政治とは複雑なものなのだ。よくぞ書面に穴を作ってくれた」

皮肉を言う。


「書面の穴とは…」

ガンツが声を出そうとすると。


「今は貴殿に発言は許されていない」

副団長のロイが言った。


「よいよい」

カエサルはおうぎょうに制した。


「書面の第一には捕虜の保護が含まれて居た。更に履行されるまではモンスターは手を出さぬとの記載も」


「はっ!」


「故に考えたのだ。捕虜の保護を後回しにして攻め入ったら…どうなるのかなと」


「!」

ガンツは一気に冷や汗をかいた。

これは労いではない。

審問だ…


「ガンツよ。よくやってくれた。お前のサインも確認したぞ。よくぞ穴を突く隙を残してくれた」


ガンツは思い返す。

(第三王子は情け深い方。きっと受け入れて下さる)

そうモンスター達に太鼓判を押していた。

優雅で情け深く、自分ごときを騎士団長に任命する位であるからと。


(ガンツ騎士団長よ。この城と民を守ってくれ)

そう言って後方の都市へ下がっていった王子。


その言葉があったればこそ、民に危害を加えぬ事を確認して正式に降伏したのだ。


(王子の本心ではなかったのか…)

自分の政治力の無さを悔やむ。


(王子は玉砕か勝利をお望みだったか…)


「聞いておるのかガンツよ」

カエサルの呼び掛けで現実に戻される。


「はっ!」

聞いてなかったとは言えず、返事を返す。



「うむ。私は良い部下を持ったようだ」

平伏しているので表情は読めないが、機嫌が良さそうだ。

一体何と言う事を仰って…



ズバッ



ごとん…


すぐちかく迄近寄ってきていたロイが、平伏していたガンツの首をはねた。



「ガンツは責任をとって自害した」

カエサルはニヤニヤと言う。


「モンスターに拷問された上で、民を守る為に書面にサインした。それを恥じて私が止めるのも聞かずロイの剣を取り自害したのだ」


「そう。敗戦には責任が伴うのだよガンツ」首だけになったガンツはまだ意識があった。

カエサルの含み笑いが耳に届く。


(そうであったか…)

薄れ行く意識でガンツは思い出した。


書面にサインした時にこう言われた。


(サインをした者が不慮の事故に会い命を落とした場合、契約は失効します)

デュラハンが言っていた。


(これで…契約失効を待たず…モンスターは自由になったか)

ガンツの最後の思いは、モンスターの手厚い施しであった。




「さあ始めるか」

カエサルは言った。


「ガンツよ!何も命を捧げずとも、お前が生きていただけで良かったのだ!

だれかある!

ガンツを止めよ!」

その声で、外に待機していた腹心達がガンツの遺体を片付け始める。


副団長のロイは自身が落としたガンツの首を抱えた。


「この首を掲げて民を焚き付けましょう。

忠義ものであったガンツは民に人気が有りましたからね」


「ああ、そして国葬にしてやれば民は納得するだろう。それに今回の奪回作戦の成功と忠臣の死は、政治的に私を後押ししてくれるだろう」

カエサルは権力が増すことを思い、ほくそえむ。


「ロイよ。次の騎士団長はお前にする。期待に答えよ」


「はっ」

ロイは礼をする。ガンツと違い政治に明るい男である。カエサルとの相性も良かった。



「もう少し悲しんでから…」

カエサルは言う。


「勇者殿をお呼びしろ」


「はっ」




だが、戦後処理は思いの外荒れる事になる。

何せ城には物資が残されていなかった。

それに行軍を急いだ為に携行食料の備蓄も少なかった。

そこで市民にモンスターが配給した食料も徴発した。

更に行軍させた捕虜達は次々と餓死した。


それが輜重部隊が物資を運んでくる一週間の間続く事になる。


市民は場外の死者の埋葬にも駆り出された。





これは影で暗愚の一週間と呼ばれた。

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