第9話それぞれの思惑
「先生って…ドラゴンだったんですね」
俺は痛みでひきつる体を押しながら言った。
「以外じゃったか?」
先生…体高ビル四階建て位で尻尾まで入れると五十メートルは有りそうな、深紅の鱗のドラゴンが響く声で言った。
更に翼も広げるとちょっとした旅客機位はありそうだ。
「正確にはオールドドラコンじゃ。忌々しくも始めに神に産み出されたモンスターの一匹。故に長生きでな。我々の神に知恵を授けられて一端に魔法も操れる様になったただのドラゴンよ」
魔将軍は卑屈に言った。
だが半減したとは言えその膨大な魔力と魔法が有ったからこそこうして撤退が叶ったのだ。
転移の魔法を使って魔将軍は己に与えられた広大な領地に生き残りを転移させていた。
生き残り…始め五百は居た軍勢は二百を切っていた。それも大半は無理やり回復させてだ。
戦える数は五十を割るだろう。
「魔将軍様、姫君、面目御座いません」
デュラハンのケイが走りよってきて平伏した。
ケイの鎧もベコベコに凹んでいた。
本陣まで切り込まれた証拠。全滅寸前だった証拠。
「ケイよ、面を上げよ。元々勝ちを狙った戦では無かったのだ。よくぞ撤退までの薄氷の時間を稼いでくれた。
お前が居なければわしも撤退させる事が叶わなかったであろう」
魔将軍はケイを労った。
「勿体無いお言葉」
そしてケイは俺に向き直る。
「姫君には勇者との戦いを任せてしまったこと…悔やまれます」
悔やまれる。そう言った。
「いや、挑んできたのは向こうだし…成り行きだから気にしないでよ」
俺は言った。
「いえ、実際危なかったではないですか…
あれが召喚間もない光の勇者だったからこそ姫君も命を繋げた」
「へー、あの勇者新人みたいなモノだったのか。俺と一緒だな」
「姫君も?」
「そうじゃ」
魔将軍が会話に入る。
「タモツはこちらの世界に来て1ヶ月も経っておらん」
「なんと!それなのに勇者と戦うとは…過酷な事をさせてしまった」
ケイは身を小さくする。自責の念が強く現れていた。
「ところで身体中が痛むんですが…」
俺は堪り兼ねて言った。
「失礼します」
ケイが立ち上がり俺の腕などを触っていく。
「魔将軍様!大火傷で御座います!何卒癒しを!」
ケイが慌てふためく。
「火傷が服と一体化してしまっています。このままでは…」
「うむ…回復魔法では傷がケロイドになって衣服と癒着した状態になってしまうじゃろう…」
「げ…そんなにやられてたの…」
俺はげんなりした。勇者の結界とやらは思いの外質の悪い魔法であったようだ…
「応急措置じゃ」
魔将軍は口の端を牙で噛んだ。
赤い血が垂れる。
「血を飲め」
魔将軍は長い首を下げて俺の前に血に濡れた口を差し出した。
「ドラゴンの血はエリクサーと呼ばれる霊薬の材料の一つ。痛みをまぎらわす事は出きる」
「え、先生とキス?」
「何処まで頭が花畑なのじゃ。
それより早く傷の手当てをせねばならぬ。
早うせい!」
魔将軍は怒る。
「お、おう」
ビクッとする。
「では…失礼します」
俺は先生の口に口付けて血をすすった。
すするにつれて体の痛みが少しずつ引いていく。
一分位経ったろうか。口を離す。
「姫君、お体は」
「痛みは治まってきた…かな」
「応急措置じゃ。タモツ、その体はもう戦えぬじゃろう」
魔将軍は言う。
「晴れて役立たずですか」
人殺ししか能がない俺はどうやらここまでらしい。
「いや、黄金の蜂蜜酒を飲んでもらう」
魔将軍は言う。
「あれは肉体を根本から作り替える。それこそ体が欠損していても関係なく作り直すじゃろう。キロクのもとに行くぞ」
「黄金の蜂蜜酒…では姫君は」
「左様。人間である」
「そうでありましたか…」
ケイは複雑な感情を抱いた様だ。
「人間である貴女に人間を殺させるとは…」
「あはは、気にしないでよ。俺は人間の時に既に人殺しだし」
俺は明るく言う。
「人殺し…」
ケイの雰囲気が変わる。
「人殺しは珍しく有りませんが…貴女は名前からして異世界人でしょう。
その世界はそんなに荒んでいるのですか?」
ケイは問う。
「いや、俺の居た国は多分平和だね」
「戦での人殺しは容認されます。ですが平和な世界での同族殺しはいかがなものか」
ケイは憤ったようだ。
まるで本物の騎士の様に真っ直ぐな男だった。
「そうだね。悪いことだね」
俺は言う。
「そこまでじゃケイ。
かえってモンスターとしての素質有りじゃろう?」
魔将軍が割って入る。
「お主の騎士道を否定する気はない。じゃが人にも色々有るのじゃ」
魔将軍は呪文を唱えると、いつもの人間の姿になる。素っ裸だが。
「タモツ、キロクの居るクラブ異世界迄転移するぞ。
ケイは部隊の再編成を頼む」
魔将軍は俺の肩に手を乗せて転移の魔法を使う。
視界が陽炎の様に揺らいで、薄らいでいく。
ケイは背を向けて配下のもとに向かい始めていた。
「行ったか」
ケイは転移を確認する。
「姫君ではなく文句無しのモンスターであったか…」
静かに呟いた。
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