第8話改めて邂逅

(契約の隙を突けばこれ程容易いとは)

第三王子は思った。


敵はかの魔将軍が鍛え上げた精鋭。

下級と言われるゴブリンを主力とした変わった軍勢と言われる。

正体は狼を飼い慣らしたゴブリンライダー部隊。

つまりは小柄な騎馬隊だ。

生意気にもなが槍で武装している。


更にはワイバーンやトロル、スケルトンメイジが脇を固める。


だが今驚異と言われた魔将軍の軍勢は吹けば飛ぶほどの弱さ。


(人間様の真似事をするからだ。ばかめ)

書面でのやり取り等はどうとでもなる。更にそれに魔力を込めるとは正気とは思えない。

書面とはいかに隙を突くかの勝負だ。

緩い文面を記した己を恨め。

第三王子はヘルムの下で笑った。


ガンツのサインがされていたそうだが、やつは騙し合いには慣れては居ないだろう。

故に穴を作ったのはガンツではない。


(戦いだけが騎士の役割では無いのだ)

ガンツに失望していた。


(それにしても勇者が手元に居るのも僥倖)

これはでかいアドバンテージだ。

何せ死なないと迄言われている存在だ。

過去にも強力な勇者は居たが、毒や病、強敵に敗れる等でしばらく勇者不在の状況が続いていたのだが、やっと神が勇者をまた遣わせてくれた。それも我が王国に。


(勇者も手玉に取りやすくて助かる)

若い勇者は王国からの絶大な支援と引き換えに王国に所属する事になった。

故に他国相手にも交渉材料になる。

それにモンスターの領土を切り取る尖兵として大いに活躍してくれている。

モンスターを倒している限りはうるさい『教会』も黙らせられる。


(ここで勝利出来れば兄達を抜いて王位も狙える)

第三序列の王子である自分には手柄が必要だ。

(大いに活躍してもらうぞワタル殿)


そこに



「挽き肉にしてやる!」



ビリビリビリ…



聞き慣れない大音声が前線から聞こえてきた。


「これは…バインドか…!」

バインド。気迫に魔力を乗せて相手の動きを制限する魔法である。

効果範囲は大きくない。


だが前線からの大声は自分にまでバインドを掛けた。


「怯むな!敵の最後の足掻きだ!槍衾を維持して待機!」

バインドで鈍くなった部隊に檄を飛ばす。

自身にも渇を入れる。



「一体何者が居るのか…」

王子はまだ異変に気づいていなかった。





最前線。

まるで時が止まったかの様だった。


馬のいななきさえきこえず、突撃が止まった。



ハイオーガ♀になった俺は騎兵を片端から落馬させていく。


からだの中を何かが駆け巡る。


(壊せ壊せ壊せ)

破壊衝動が沸き上がってくる。

黄金の蜂蜜酒が脳を作りかえたかの様に倫理観が削れていく。


落馬させた騎士の頭を踏み潰す。



「ひっ…!」


他の騎士が悲鳴をあげる。だがバインドがまだ解けていなかった。


俺は次の獲物を物色する。もう本陣に迫った騎馬隊の半分は潰した。五十は葬ったろう。



「やらせはしない!」

裂帛の気合いが飛んでくる。

勇者ワタルだ。


「見つけた…」

俺の体が反応する。あれは生かしてはいけないモノだと。

体液が沸騰する。

あれが次の獲物だ。



勇者に向かって馬よりも早く駆ける。


勇者は抜剣して光の槍を放つ。


「単調な」

軌道は真っ直ぐ。避けるのは容易い。


「光の結界よ。闇を照らせ!」

勇者が剣を掲げる。


「あちっ!」

光の結界に包まれると、体を火で焼かれる様な痛みが襲う。

痛みで足がもつれた。盛大に転ける。


「その首頂きます!」

勇者ワタルは結界を維持しながらじりじりと近寄って来た。


その時


「「書面の契約は果たされた!」」


城門に松明に照らされた人影が現れる。


「二枚の書面の内の一枚が完遂された!

捕虜が『保護』された!」


モンスター達を襲っていた倦怠感が半分に薄まる。

今まで狩られるだけだったゴブリンライダーも動きが機敏になり、勇者から解放されたのもあって手薄の本陣を未だ囲む騎馬隊に躍りかかった。



「何と愚かな…」

第三王子は臍を噛む思いだった。


契約が果たされたと言うことは魔力のギアスが外れると言うこと。

モンスターの弱体が解けると言うこと。


自分は抜かり無くもうひとつの城塞都市に早馬を送り、契約不履行を迫っていた。

王族の命令である。本来なら守られて当然な筈。


「寛大なる第一王子に感謝を!」

人影が言う。


「兄上めぇ…」

まさかの第一王子。

どこまでも足を引っ張るのか…

兄弟で競いあっている状態だ。横槍も計算に入れるべきだった。

だが王都にいる筈の第一王子がいかにして情報を得たのか…

考える事が増えた。


「だがもうどうにもなるまいよ」

第三王子は言う。

何せ弱体化している内に散々に叩いた。もう戦闘継続は不可能な、事実上全滅と言って言い被害を与えた。



だが第三王子は目を疑った。

城門の松明に照らされていた人影が膨れ上がる。

そしてみるみる巨大に、姿を変えていく。



「魔将軍…だと!」


魔将軍。元闇のサイドの四天王。


正体は叡知に満ちた『レッドドラゴン』。レッドドラゴンはドラゴンの王とも言われる。

聖剣でしか傷付かない強靭な鱗に、人間では敵わない絶大な魔力。

本気を出せば国を滅ぼせると言われる存在。

今回は不在で指揮官はデュラハンだった筈…



「我が眷族達に治癒を」


第三王子本陣を襲って勇者に切り殺されたワイバーンが復活する。


「ちいさきモノに治癒を」

勇者が狩り尽くす寸前だったゴブリンライダー達がノロノロと起き上がる。



「光に一時の闇を」


恐ろしい事に勇者の発する光の結界を闇で中和していく。


「動けるかタモツ」

本性を表した魔将軍がよくとおる声でタモツを呼ぶ。


「ああ。痛みで頭も冷えた」

俺は破壊衝動から解放される。


だが目の前には勇者ワタルが剣を構えていた。


「モンスターが話すなんて」


「人間が話すなんて」

俺は返す。


「モンスターは血も涙もなく人間を襲う」


「さっきまでの俺はそうだった…」

返り血まみれの姿で言う。


「だが考えてくれ。お前達人間の戦い方は卑劣だ」

俺は抜剣したままの勇者に言う。


「私は正々堂々戦った…」

勇者の声が少し震える。


「本当にそうか?弱いものいじめだったんじゃないか?」


「!」

勇者は動揺する。

第三王子は言っていた。モンスターと交わす約束など無いと。その為にこの作戦を立てたと。


第三王子の欠点は己の計画を自慢するところだろうか。勇者ワタルは人間の味方で王国に所属している。

無条件にそれを飲むしかなかった。

今はそれが悔やまれた。恥だ。


「今度は殺しあいじゃなくて」

俺は言う。


「めしでも食べながら会いたいものだ」


「めし…」

突拍子のない提案だった。モンスターは危険な存在な筈…



「我々は撤退する」

魔将軍はつげた。


「本来なら根絶やしにしてやりたいが、半分は約束は守られた。それでよしとしよう」



魔将軍は夜目の利く目で第三王子を射すくめた。


「撤退かぁ」

俺はひとりごちた。


「まだ勇者様には敵わない様だし」


「今回の作戦にはおもうところがあった。故に今回は追わない」

勇者ワタルは俺に言う。


「だが忘れるな。御前も人間を殺したことを…」



「さあ皆帰ろう。ご苦労だった。転移」

魔将軍の魔力が戦場に満ちる。

数秒後、モンスターの軍団は陽炎の様に掻き消えた。



「分かってるよ。俺は人殺しだって」

俺はそんな言葉を残して消えた。



勇者は聖剣を納めた。


そして闇で中和された結界を解いた。


「卑怯ものは我々だった?」

そう呟いた。

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