第7話決裂
会議から二日後、捕虜の兵士と若干の市民を合わせた集団が二ヶ所の城塞都市に向かって出発した。
捕虜の返還である。
それぞれの集団のリーダーにはガンツ等騎士の身代金の話や約束事を記した書面を持たせてある。
更にモンスター達が二日掛けて旅支度を手伝い手厚く送り出した。
「ガンツ殿、旅立ちましたよ」
デュラハンのケイが部屋の外から声を掛ける。
ここはガンツに与えられた部屋兼牢屋だ。使用人の部屋をあてがってある。
「そうか…」
ガンツは短く返事をした。
「まさかモンスターと交渉してこの様な結果になるとは…」
ガンツは教えられていた。モンスターは人間共通の敵で、一匹残らず駆除すべきだと。それが王国、ひいては光の神を信仰する『教会』の方針だったからだ。
故に交渉が出来る知能も良識も無いものと思っていた。
「だが私は篭絡はされぬぞ」
ガンツは言う。
「篭絡とは?」
ケイが聞き返す。
「待遇についてだ。我々騎士皆に部屋を与え、あまつさえ手の込んだ料理を提供する。少しでも心証を良くしようと言う魂胆が丸見えである」
ガンツはあえて言った。忠義者としての血が騒いだのかもしれない。
(指摘して待遇が悪くなるならそれがモンスターの本性だ。でなければ…)
そう、でなければ、モンスターのが人間より倫理を重んじている事にもなりかねない。
それだけはあってはならなかった。
城下町にももうモンスターが入り込んで居るだろうに、虐殺も無ければ悲鳴さえ聞こえてこない。
こんな静かな戦後処理はガンツは初めてだった。
人間同士の戦争でも人は過ちを犯す。
勝ち馬に乗った兵士は民家から金目の物を奪い、しまいには女を犯す。
乱取りである。
それを禁止すると著しく士気が落ちるのでほとんど禁止されない。
騎士の中にも金品は懐に入れる者も居た。
だがどうだ。
ケイの話によると、城下町は狼に乗ったゴブリンライダーが見回りをするのみ。
市民には食料の配給がされていて、人を食べるモンスターや巨躯のトロルと言ったモンスターは場外で夜営をしているのだそうだ。
「ばれましたか」
ケイは軽く言う。
「我々は仲良くしたいのです。人間と」
「それは出来ない」
ガンツは即答する。
「何処からわいてくるか知らないがモンスターは人間を襲う。そんな危険なモノを隣人として迎える事など出来ぬ」
そうだ。その筈だ。だが先の攻城戦は見事ではあった。数の不利を囮にし我々を決戦に駆り立て、あまつさえ勝利したのだ。
捕虜の扱いも丁寧ではあった。
完璧な占領だった。
「どうしても仲良く共存出来ませんか」
ケイは寂しそうに言う。
「無論だ」
「またお話に参ります」
そう言ってケイはガンツの部屋の前から離れて行った。
「…」
ガンツは一人心を静めるため目を閉じた。
一週間経っただろうか。
不意に場外が騒がしくなった様だった。
時刻は夜。
ケイとの決裂後も細やかな食事が続いた。
更にゴブリンが湯を沸かしてくれ体を拭く等してくれたお陰で囚われの生活にも馴染んだ頃だった。
ガンツは明かり取りの窓を覗いた。
遠く城壁の向こうに無数の明かりが見える。恐らく松明だろう。
(まさかもう援軍が?)
普通は交渉が有るならそれを処理してしかるのちに再度戦を始めると言うのが暗黙の了解だ。
その為に捕虜が居る。いざとなったら殺せる人質。故に見捨てにくい王族や貴族、それには劣るが有能な騎士を捕虜に取る。
(交渉はすんだのか?)
そう思っていると自分の世話をしていたゴブリンが部屋の前から声を掛けた。
「人間が裏切った。書面の契約はまだ生きている」
「何?」
「書面には魔力がある。奴等捕虜を受け入れなかった。だから約束が果たされていない我々は戦っても防戦しか出来ない。戦争が出来ない」
恨めしげにゴブリンは言った。
「あっしも狼と共に防戦に出ます。契約を果たさない人間は恥さらしだ」
そう言って部屋の前から駆けて行った。
城の外、場外。
そこに第三王子が鎧を纏って騎乗していた。
「ガンツよ。手間をかけさせおって」
王子は苛立ちを隠さない。
「だが我ながら名案じゃないか」
「捕虜をそのまま受け入れず兵士として再利用することで契約の穴をつける」
ニヤニヤとしてしまう。
正式な書類には捕虜の受け入れを『保護』と捉える解釈がある。
だから王子は書面を見るなり、
「ありったけの武具を捕虜に渡せ」
そう言った。
「捕虜とは王国民として情けない。今自決するか復讐か…選べ」
こう演説した。
所詮は敗残兵と民間人。戦力としてあてになるかは分からないが、兎に角頭数がいる。
更に捕虜を全面に押し出せば自分の精鋭の損耗率も下げられる。
契約不履行大いに結構だった。
「モンスターが人間の真似事をするんじゃない」
王子はニヤリと笑い、伝令に夜襲の号令を掛ける。
「王子」
一人の若者が声を掛ける。
「これはワタル殿」
声の主は光の勇者ワタルだった。
「いや、ワタル殿が滞在されていたのは僥倖でした」
王子の仮面を被り直しあくまで優雅に会話をする。
「奴等卑怯にも住民を監禁し奴隷とし、更に私の守り役であった騎士迄拷問に掛けているとか…」
王子は一部では本気でそう考えていた。モンスターと人間は共存できない。それが暗黙のルールだからだ。
「成る程、モンスターは卑劣…何度愚行を繰り返しても変わらないんですね」
勇者ワタルも同調する。
それには訳がある。
勇者になるにあたって光の神からそう言う世界だと説明を受け、それを止めさせるために力を授かったからだ。
年の頃は高校生位か。青臭い正義感を抱くには十分な下地だ。
「勇者として…一人の男として許せません」
「よくぞ言って下された。ワタル殿のお力と神から授かった聖剣の切れ味、あてにさせて頂く」
勇者は神の祝福を受けて死なない体になったとも聞く。更に聖剣は竜種の鱗にも傷を付けると言うから切り札としては十分。
「さあ、進軍始め!」
パッパラパパッパラパパー
合図のラッパを合図に、戦争が始まった。
まずは場外に夜営していたトロルやワイバーンが気づく。
「くんくん…この匂いは覚えてる。捕虜だ」
鼻の良いトロルが気づく。
そして自身の体に普段ほど力が入らない事にも気づく。書面の『ギアス』強制力がまだ生きていると言うことに。
「あいつら、仲間を見捨てた」
のんびりやのトロルでも契約不履行はわかった。
本来なら都市に受け入れなくても食料の配給がなされたりした時点で『保護』と捉えられギアスは消える。
だがギアスは消えていない。
「あいつらひどい」
それは食事も与えていないと言うことだ。
確か三日の道のりと聞いていたが、食料や水は多めに渡していた。
それと捕虜達に狩りなどの自給もさせたか…
だが総勢約千人を半分に分けて送り出している。
片方の五百人が食べられるだけの食料の確保等到底不可能だったろう。
「腹空かせて走ってくる、可哀想」
トロルの鼻は異常に良い。故に鈍いが夜の索敵等はゴブリンライダーより優れている。
場内からゴブリンライダーの集団がなが槍を持って駆けつけて来る。
それと魔法担当のスケルトンメイジの一団も。
「ケイ様はここからの撤退を決められた」
スケルトンメイジの一人が言う。
「普段の力は出ないが我等がしんがりだ」
そう言ってトロル達に防御アップの魔法を掛けていく。
それから幾人かのスケルトンメイジがワイバーンに股がる。
空からの支援の為だ。
「待たせたな諸君」
ケイが首無し馬に股がって現れた。
「住民を落ち着かせるのに手間取ってね。何とか暴動は避けられそうだよ」
そう言って肩が凝ったのか頭の無い首の付け根がぐいぐい動く。
「敵の足がオーガに遅いな、彼方は下り坂だと言うのに」
「ケイ様、あれは帰した捕虜達です」
近くのトロルがケイに報告する…
「何と卑劣な…」
報告を聞きケイは憤った。
「大方混戦に持ち込んで精鋭で叩く魂胆だろう」
遠見の魔法を使い状況を把握する。
「最悪だ…」
ケイは呟く。
勇者を見つけてしまったのだ。指揮官が王族だともわかったが、王族だからと言って勇者より強い訳ではない。
自然と危険度は勇者のが上になる。
「皆なるべく死ぬな」
ケイは言う。
「スケルトンメイジは土魔法で堀を作れ。空きっ腹でふらついている兵士はこぞって足どめだ」
「お任せを」
数十のスケルトンメイジが土魔法を練り上げる。
「トロルはしんがりだ。方陣を組んで敵を寄せ付けるな」
「はい」
虎の子のトロルを全面に押し出す。補助魔法の分しばらくは持つだろう。
「さあ、主力のゴブリンライダー達、敵の動きが鈍ったら掻き回してやれ。無闇に勝とうと思うな。頃合いを見て我々はここを放棄する」
「あいあい」
一番構成員の多いゴブリンライダー達が配置に付いた。
「さあ、根比べだ!」
「食料や武具はこれだけか」
ここは城内。わずかに残った輜重兵科のゴブリン達に魔将軍が問い掛ける。
「はい。これで全部です」
食料庫から武器庫、捕虜から取り上げた装備まで、城で一番大きな広間に積み上げられる。
「よし。ではお前達も集まれ」
ゴブリン達も整列する。
「今から転移魔法を使う。ギアスの関係で一度しか使えぬが、この量ならば運べる」
明確にケイの契約からは漏れている人員である魔将軍では有るが、ケイの上官で有ることに変わりは無いため、制約を受けていた。
魔将軍は魔法を練り上げる。転移はイメージが大事だ。転移先を間違えたら取り返しがつかない。
故に自身に与えられた領地をイメージする。
「転移!」
数秒遅れて物資とゴブリン達が陽炎の様に消えた。
「先生!何事ですか!」
俺、安田保オーガ♀が眠りから覚めて魔将軍に詰め寄る。
今の今まで高いびきで寝ていたのである。
大失態だ。危機感がまるで足りていない。
「寝坊助め。まあ…なんだ。裏切りの夜襲を受けている」
簡単に説明した。
「!!!!」
俺の頭に血が上る。
そしてすぐ近くの木戸を粉砕して外の様子を伺う。
夜目の利くモンスターの目に、卑劣な戦いが鮮烈に映った。
すると筋肉が隆起してくるのが分かった。
「何と、怒りでハイオーガになったか!」
魔将軍は言った。
「許せん。何が騎士だ、王族だ…人間の風上にも置けない…」
(壊せ壊れ壊せ)
頭がくらくらする。
まるで黄金の蜂蜜酒を初めて飲んだ時の様に血液が何かに変わるように激しい衝動が沸き起こる。
「先生…俺行ってくる」
俺はよく分からない衝動をなるべく抑えて言った。
「産まれたばかりのモンスターは人間を殺すモノであった。今でもその衝動が無いとは正直に言って言えぬ。怒りに染まったなら尚更…
行くと言うのなら…獣に落ちぬ様忍耐してくれ」
その言葉を背に俺は馬より早く城から飛び出した。
「ケイ様はどうかお逃げを!」
スケルトンメイジが障壁を張りながら悲痛に叫ぶ。
「まだ撤退が完了しておらん!」
モンスターは夜目が利く。
人間は夜目が効かない。
そこを突いて少しずつ夜闇に紛れて撤退させていた。
はじめはうまく行っていたのだ。
上手く元捕虜達を堀にはめて身動きを遅くしてそこをゴブリンライダーに突破させる。
そして敵の精鋭を牽制した。
上空からもワイバーンと騎乗したスケルトンメイジの攻撃魔法で威嚇。
ワイバーン単体は敵の本陣の騎馬騎士を落馬させていった。
だがやはりダメだったのだ。
此方は総数が先の戦争で減り五百に足りないが、人間は元捕虜を入れれば二千人はくだらないだろう。恐らく城塞都市丸々の兵力だ。
騎馬を下げて歩兵に槍衾を展開させてワイバーンを牽制しだしてから状況が動いた。
グギャァァァァ
一騎のワイバーンが光と共に切り伏せられる。
「勇者殿の出陣である!」
指揮官の第三王子が声を張り上げる。
ドンドンドンドンドンドン
陣太鼓がなる。
それに鼓舞される様に高く勇者は跳躍しまたワイバーンを落とした。
おおおおおおおおおおおお!
鬨の声が上がる。
そこからが地獄だった。
ゴブリンライダーは決して遅くはない。だがそれに付いてくる早さを勇者は持っていた。
「光の剣よかの敵を穿て!」
抜剣された剣から光の槍が生まれ、次々とゴブリンライダーを貫いていく。
「勇者殿に続け!」
夜目が利かず今まで待機していた精鋭の騎馬隊が勇者の発する光の結界を目当てに突撃を開始し始めた。
勇者は聖剣も輝けば、光の加護で結界を張り、そこだけ昼と勘違いするほどの光を放った。
これ程夜襲に適した能力も少ないだろう。
ゴブリンライダーがチリジリに散っていく。
撤退叶わず次々と勇者と騎馬の餌食となった。
更には騎馬隊は堀にはまった元捕虜達を踏みつけて突撃してきた。
もうトロルの壁に守られたケイの懐である。
「仲間を踏み台にするとは…この非道忘れんぞ!」
ケイも抜剣して応戦する。もう崩壊寸前だ。
だがそこに…
「うらぁ!」
ドチュッ!
バチャバチャ…
騎馬隊の騎士の鎧を易々と貫通して何かが通った。
今ので全身血だらけだが綺麗な黒髪に長く伸びた角。
間違いない。
「姫君!」
ハイオーガになった保だった。
「卑怯ものどもの喉笛を掻ききってやる!」
「姫君!ああ…何と…」
保はモンスターの衝動にかられていた。
更に筋肉が隆起しているのを見ると自力で進化もしているようだ。
「挽き肉にしてやる!」
『バインド』。初級の魔法だがハイオーガに掛かれば人間も馬も死を感じずにはいられない。
一気に恐怖が伝播していく。
風向きが変わった。
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