第6話初めての会議

(まさか上座に据えられるとは思わなかった)

敗北から一夜明け、城の責任者であった騎士ガンツは困惑した。


場所は王族や貴族を迎える玉座の間。

本来は王族や貴族が執務を行う場所に手を縛られて連れてこられていた。


この場に王族は居ない。モンスターが攻めて来ると情報があってから、更に防御の堅い城に移動していた。


この城は交通の要衝に近いため比較的大きいが、砦に近いものだ。

だが近隣の農民や市民を守る高い城壁や水堀もある。


『騎士団長ガンツよ。この城を守り通せ』

普段玉座に座っている第三王子から直々にそう仰せつかった。

ガンツは第三王子付きの騎士である。そして王子に変わって騎士団長として軍を動かす立場に有った。

ガンツは控え目に言って忠義者である。そして四十代と比較的若い。

若くして騎士団長を任されたのは第三王子の守り役であったのも無関係では有るまい。

王族にも派閥が有る。

身近に親しい者を置きたいと言うのは王族以外でもそうだろう。


(それにしても食事が旨かったな)

ガンツは比較的整った顔を少し綻ばせた。

なんとモンスターが料理をして捕虜になった自分に提供してきたのだ。


内容は豪華ではないが、肉の入ったシチューにソーセージ、焼きたてのパンにワイン。更に甘味にドライフルーツも付いた。


はじめはモンスターの作ったものなど得体の知れない毒物だと食べる気は無かったのだが、城を死守出来なかった自分がおめおめ生きていても仕方がないと思い直し、自殺のつもりで食べた。


するとどうだろう。シチューは出汁もよく馴染んでいるし、ソーセージはきれいな焼き色が付いていて量も丁度良い。

パンに至ってはバターをきちんときかせてあり旨味が強い。ドライフルーツはブドウだった。ただひとつケチを付けるならワインが若かった事。ガンツは寝かせたワインが好みだったのだ。

それ以外は文句はなかった。


配膳のモンスターに試しに部下にも食事が出ているか話し掛けてみると。


「はい。ふすまのパンと塩と水で薄めたワインですが提供しております」

と、丁寧な言葉が返ってきた。

モンスターは下級と言われるゴブリンだったが、自分達を丁重にあつかっていると言うのだから驚いた。


そんな事を思い出していると、玉座の間に誰か入ってくる。


見慣れない服装をした自分と同い年位の男がやはり手に縄をうたれて入ってくる。

次は平民代表の町長だ。やはり両手に縄をうたれている。


次にグロテスクな素顔を晒したモンスター軍の指揮官のデュラハン。

騎馬騎士の奇襲が成功していれば…と今更ながら悔やまれる。


次に入ってきたのは返り血が少しこびりついたシスター服を着た人形のモンスターだった。


(アイツは!)

奇襲作戦を台無しにしたモンスターだとすぐにわかった。

にっくき敵である。敵意はデュラハンより深い。


そして最後になが槍を構えたゴブリンが数匹入ってきた。


ゴブリン以外はなが机に適当に座らされる。

流石にデュラハンはガンツの近くに座る。


「ガンツ殿で御座ったな」

デュラハンが問いかける。


「いかにも」

物怖じしないようにハッキリと答える。


「我々の食事は口に合いましたかな」


(何故食事の話を?)

疑問に思ったが。


「うむ、中々だった。我々には負けるがね」

せめての負け惜しみを言う。


「それは良かった。まずは旨い食事から。それが我が軍の基本であります」


「食事が…モンスターの考える事は分からん」

ガンツは首を捻る。


「いや、バカになりませんぞ。何せこの様に会話の糸口にもなる」


「う…確かに」

まさかモンスターに会話のなんたるかを教えられるとは。確かに一理ある。


「町長殿はよく眠れましたかな?」

デュラハンは町長にも話を振る。


「え…ええ。危害を加えないと書面も交わして頂きましたから…」

町長は緊張しながら言う。


(書面のやり取りだと?)

ガンツは信じられなかった。モンスターが高度な交渉をしていたことに。


「いや、貧しい家庭にパンも配って頂いて…」

見慣れない服装をした男が追従する。


「食は平等に。そこに人間とモンスターは関係ないですから」

デュラハンは柔らかい雰囲気で答える。


「なんと、そこまで…有りがたいことです。食料の大半は籠城に備えて城に入れられていましたから」

町長がおそるおそる言う。その命令を下したガンツが居るからだ。


「ガンツ殿。戦後処理の話をしましょう」

一通り会話が行き渡ってからデュラハンが話を切り出した。


(来たか)

ガンツは身構えた。自分はこの場で殺されるだろう。プレートメイルと鎖帷子も平民の服に着替えさせられている。

普段なら、せめて武器さえ有れば一人でも道連れにしてみせるのだが…


自分を監視しているゴブリンがなが槍とのバランスの悪さによろけるのが視界の端に映った。


(隙があるぞ!)

ガンツは鎧を脱がされた代わりに身軽になったと思い直し軽く腰を浮かせた。


だがその行為は中断させられた。


「ガンツ殿には部下の兵士を連れて近隣の砦や城に退去して頂きたい。その説得をお任せしたいのです」


「なに?」

固まった。退去…見せしめの処刑ではなく、生きての退去。

今まで、絞首刑か張り付けか串刺しかと覚悟していたのだが…


「町長殿にはこれまで通り町を管理して貰いたい。ですが幾らかの市民には退去に参加して貰いますが」


「へっ?」

町長も状況を飲み込めて居ないようだ。モンスターは人間を食らうモノもいる。城から出た集団を美味しく頂くと言うのも考えられた。


「私はパンをくれたモンスターを信じたい」

見慣れない服装をした男がデュラハンに賛同する。

同じ人間としてそんな軽く考えて良いものか?

少し不機嫌になる。


「貴様は何者か知らないが軽く考えすぎだ」

ガンツが釘を刺す。


「決定権はガンツ殿に委ねたいのですよ。なるべく平和的に…」


(上座に座らせたのはその為か)

上座は一番位の高い者が座る場所だ。そこに自分を据えたのは将兵や市民の生殺与奪を任せると暗に言っているのだ。


ぐらり


目の端のゴブリンが大きくよろける。


(ええいままよ)

素早く腰を浮かせ、ゴブリンに飛びかかる。

両手の自由は無いが非力なゴブリンからなが槍を奪うのに支障はなかった。


「勿論拒否権はあるのかな?」

ゴブリンを蹴り飛ばす。そして玉座側を背にしてなが槍を構える。




「いい加減にしろよ『人間』」

今まで黙っていたシスター服のモンスターが静かに言う。


「今蹴り倒したモンスターに何でよろけたか聞いてみろよ」

その声には静かな怒りに満ちていた。


「よろけた意味?」

何を言っているのか分からないが。


「おいゴブリン、何で隙を見せた」

すると蹴られた脇腹を擦りながら尻餅を付いているゴブリンが言う。


「はい…牢屋の捕虜の食事を作っていました…それで足腰に来て…」

恥ずかしそうにそう答えた。


「形だけ監視としてお前を呼んでしまった。働かせ過ぎたな…許せ」

デュラハンが言う。


「滅相もない!あっしの油断です。すみませんケイ様…」

そう言ってゴブリンは項垂れた。


「なが槍を皆おさめてくれ」

そうデュラハンが言うとゴブリン達は構えを解いた。


「あんたさぁ、カッコ悪いよ?」

シスター服のモンスターが言う。

黒目がちの眼に見つめられると自分の行いが短絡的な行いであったかと自問する…


「ガンツ殿落ち着いて下され」

デュラハン…ケイが言う。


「武装解除して頂ければ我々は襲いません。町長殿と交わした書面も同様に交わしましょう。

書面には魔力が込められていて、交わした約束は守られる仕組みです」

ケイは続ける。


「城に有った地図を見させて頂きました。三日の距離に二つ人間の城塞都市が有るのを確認しております。食料は踏破出来る分だけ融通もします」

ゆっくり言い聞かせるように話す。


「信頼して頂きたい」

そう締めくくった。


「身代金等は求めないのか?」

ガンツが最もな質問をする。生かして返すと言うことはそう言う事だ。少なくとも人間の間では。


「これは失念していた」

ケイは脇に抱えた頭を叩く。


「身代金の獲得の為に騎士の位に有る方々には今少し辛抱して頂きたい。すまないがガンツ殿にも」


「いや、これで此方も幾らか約束が守られると安心した」

槍の構えは解かないがガンツはこのモンスターには理屈が通じると思い始めた。


「腹が決まったなら槍返してやれば?」

ぶっきらぼうにシスター服のモンスターが言う。


「……」

ガンツは槍を起き上がったゴブリンに渡した。認めたのだから渡さざるを得なかった。


「ひやひやしましたぞ…」

町長は緊張からキョロキョロ見回している。


「いや全く…」

見慣れない服装をした男が続く。


「我々は契約は守ります。きちんと書面も用意してあります」


「書面をここに!」

ケイが玉座の間の外に声を張り上げる。


するとすぐに複数のゴブリンが現れて書面と羽根ペンとインク壷をケイとガンツの前に並べる。


書面にはこうある。


『一つ、書面有効期限の間は我が軍は攻撃をしない。

一つ、有効期限は捕虜が受け入れられる迄とする。

一つ、騎士の身代金を求める事とする。これは受け入れ前でも良しとする。

一つ、身代金は金貨三袋と年貢の1/3を要求する

一つ、身代金の受け渡しは平和りに行われるものとする。

契約者ケイ

契約者ガンツ』


「とりあえずの草案はこの通りで」

ケイとガンツは話を詰める。

ガンツが二つの都市に分散して移動させたいと言うことで書面は控えも含めて四枚作成された。


「では大筋が決まったのでここで終わりにしましょう。皆さん、ゴブリンの先導に従ってください」

ケイが言う。

縄をうたれているもの達は縄の端を持たれて玉座の間から出ていった。





「先生」

俺は捕虜の振りをしていた魔将軍に声を掛けた。


「なんだい?」

口調が若く戻っている。


「人間のふりが下手。余計に警戒させちゃったじゃん」

俺は言った。


「そうか…まだ人間の心理は理解出来ないか…」


「町長が少し抜けてたから話は合ったけど」


「同席を望んだのは私です姫君」

ケイが言う。


「今回は捕虜が多すぎて早く手放したかったのです。搦め手ではありますが魔将軍様の『カリスマ』を利用させて頂いたのです。

カリスマは信頼度を上げる効果が有りますから」

カリスマ…この人に有るようには思えないが…


「ガンツ殿の抵抗には焦りましたが姫君も御加勢下さったので早めに終わって良かったです」

ケイは全身鎧に帯剣していた。負ける気は無かったのだろう。落ち着いて交渉していた。


(これで顔がイケてたらなぁ)

と、残念に思う俺。



「さあ、会議も長く緊張もあったでしょう。お二方、食事になさいませ」

ケイはそう言うと玉座の間の扉を開けた。





「飯か…」

ガンツは呟いた。

ガンツや兵卒ではない騎士達は牢屋ではなく使用人が使ってたであろう部屋をあてがわれていた。

二段ベッドが有ることから元は二人部屋だと分かる。その分広い。



コンコンコン


ノックされる。


「良いぞ」

横柄に返事をする。それはモンスターへの嫌悪の証しでもあった。


「失礼します」

配膳をするゴブリンが入ってきた。

熔けたチーズのいい匂いが部屋に広がる。


「いいチーズが食料庫に有ったものですから…パンに豪快に垂らしてみました」

食料庫のチーズ…確かそれは第三王子のお気に入りではなかったか?


「それと良く熟成された生ハムも有りましたのでサラダにしてあります」

生ハムも普段は王族や貴族達の前に並ぶものだ…このゴブリン達は物の格が分かっていないと感じた。これが捕虜に出す食事か?


「それとオニオンスープに、鶏卵も採れましたのでデザートはパウンドケーキです」

なんと!またデザート迄付くとは。

パウンドケーキは比較的安価に作れるとは言え貴重な甘味だ。有りがたく感じてしまう自分がいる…


そして今度は白ワインが注がれる。


(ワインのセンスはないんだよな)

等と考えながら配膳をするゴブリンをみると、腹に真新しい包帯と脇腹に膏薬が塗られているのが見てとれた。


(コイツ…俺が蹴り飛ばしたゴブリンか)

そのゴブリンがかいがいしく食事を並べ部屋から出ていく。


(俺のしたことは何だったのだ…)

わずかな葛藤。

だがそれを打ち消す料理の数々。


心にしこりを感じながらも、まずは熱々のチーズの掛かったパンを手に取った。

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