第5章 6

 ……十三夜の小望月の月明かりが、庭のあちこちに融け残った雪の残渣に淡く反射し、夜の静寂を、一際冷たく停滞させていた。

 しん、と静まり返った冷たい夜気を纏う、異界に迷い込んだような錯覚に微かな目眩を覚えながら、僕は姉の住む離れの部屋の前に立った。

「……お姉さま」

 障子の前で、声を潜め、囁くように呼びかける。

「刀子姉さま、勝太郎です」

 軽く戸を叩きながら、もう一度、少し大きな声音で呼びかける。

 闇の中でさやさやと気配が揺らめき、やがて、恐る恐るといった様子で半分ほど障子が開かれる。

「うそ……勝太郎?」

 数年ぶりに耳にする姉の声は微かに擦れ、上ずっているように聞こえた。

「勝太郎……本当に勝太郎なのね?」

 頷きながら、部屋の中に一歩足を踏み入れる。

 青白い月明かりに姉の姿が浮かび上がる。未だ信じられぬ目の前の喜びに目を潤ませ、両手で口元を抑えながら微笑む姉に、僕もにっこりと微笑み返した。

「――お久しぶりですね、お姉さま?」

「……夢じゃないのね?」

 とうとう堪えきれず、はらはらと溢れる涙を必死で拭い隠そうとする姉を、僕はわらいかけながら見下ろした。

「ぐす。……もうすっかり大きくなって。ふふ、大人の男の人みたい」

 涙を拭う袖の下から、ちらと姉の微笑が覗く。そういえば、確かに最後に会った時は、姉の方が僕より頭一つ分くらい背が高かったっけ。

 仄白い月光の下で益々深く艶やかな髪はお下げに結われ胸元に垂らされている。その双丘はかつてふたりだけの秘密の戯れの中で触れた時よりもずっと豊かな丘陵に成長していた。

 姉も今では二十歳を迎えたばかりの女盛り。以前は発達途上だった未成熟な身体も、瑞々しさはそのままにより洗練され、少女らしい健康的な無邪気さに代わり、深山の木陰に人知れず可憐な花をほころばせる楚々とした佳人の麗しさを纏っていた。

「お姉さま」

「あ……!」

 たまらず胸に抱きしめると、一瞬姉は吃驚したように小さく声を上げ身を強ばらせたが、直ぐに僕に体を預け、

「……ん。あったかい」

 そっと弟の背中に両腕を回してくる。

「そうか、夢じゃないんだ。……勝太郎。んふふ、勝太郎」

「――ねえ、お姉さま」

 姉が顔を押し当てる胸の辺りが、涙で熱く湿っていく。

「明日、家を出ます」

「……ん。知ってる」

「もう、しばらく戻るつもりはありません」

 じわり、と腕の中の体温が上がった気がした。

 こくり、と頷く姉の身体からは、何年も薄暗い部屋の中に閉じ込められていたにもかかわらず、溢れるほどの日向の匂いがした。

「……しっかり、勉強してくるのよ?」

「……はい」

「きっと、立派になって帰ってくるのよ」

「はい」

「待ってるから……ずっと、待ってるから、どうか健やかで……」

 後の言葉は嗚咽に埋もれ。

「お姉さま」

……僕は姉に顔を上げさせると、その頤に手を添えて、

「え? ……きゅっっ! ぅンんっ……!」

 目を見開く姉に顔を近づけ、唇を重ねた。

 びくり、と身を震わせる姉の身体から、徐々に力が抜けていくのを感じる。

 長い接吻を終え、互いの唇が離れる。恥ずかしそうに姉は顔を伏せる。

「お姉さま……」

「……わたし、悪いお姉さまね」

 頬を上気させた、というより顔中、首まで真っ赤に染めた姉が、ふっ、と今まで見せたことのない思いつめた表情を浮かべ顔を上げた。

「ねえ、笑わないで聞いて頂戴ね? わたし、ずっとおまえのこと――ぅン⁉」

 皆まで姉に言わせずに、僕は更に深い口づけを試みた。

 流石に驚いたのか、姉は初めて抵抗し、とん、と僕の肩を押しのけると、足を縺れさせたように布団の上に尻餅を付いた。

「なに、今の……? いや……やだ。やだよ、こんなの……」

「お姉さま。……僕もお姉さまのこと、好きだったから。お姉さまの綺麗な身体を、一度、僕の好きなようにしてみたかったから」

 信じられないものを目の当たりにしたように呆然と僕を見上げる姉の上に覆いかぶさり、抱きしめるような形で布団の上に身を横たえさせる。

「だから最後別れる前に、今宵限りでいいから、お姉さまを僕のものにしたい――良いよね、お姉さま?」

「勝……太郎……?」

 驚きに呆然と見開かれていた姉の眼差しが縋るようなものに変わり、まるで懇願するようにふるふると弱々しく首を振る。

「可愛いよ、お姉さま」

 その様子が可愛らしく、愛おしくてたまらず、涙を浮かべ弟を見上げる姉の唇にそっと自分のそれを重ね合わせた。

 もう一度深い接吻を交わす。弟の交わりから逃れようと姉は口腔内で無駄な抵抗を試みるが、抗えば抗うほど僕の舌は姉のそれを追い詰め貪り喰らい、腔内粘膜を蹂躙し尽くす。

 唇が離れると、先ほどとは打って変わった真っ青な顔に怯えを浮かべた眼差しを受ける。きっと緊張しているのだろう。

「……ねえ、おまえ、自分が何をしようとしているか、わかって?」

「大丈夫だよ、きっと素敵だから」

そんな健気な様子の姉に笑いかけると、姉の夜着を留める濃紺の帯に手をかけた。

「やっ⁉ 駄目っ、お願い!」

 途端に血相を変えてそれを阻もうとするが、さしたる抵抗でもなく無視してシュルシュルと作業を続ける。そもそも大の男相手に、ろくに家の外にも出ない箱入り娘の抗いなど、まともに通用するはずもない。僕はわざと時間をかけて姉の帯を解き、時折びくりと怯えたように身を震わせる彼女の反応を楽しみながらゆっくりと夜着を脱がせる。

「だっ――! ……やぁ。お願い、勝太郎。こんなことしたくて待ってたわけじゃ……ああっ!」

「はぁ、……見せて。お姉様の全部、見たいよ」

 やがて、目の前にすべてが露わになった姉の姿に僕は息を飲んだ。

「勝太郎、お願い。十分でしょう? ……もう、やめてぇ」

 羞恥からか、両手で自分の顔を覆い隠そうとするが、これから純潔を失おうとする姉の生娘としての最後の表情も堪能しておきたい。僕は彼女の手首を掴みそっと顔から引き離すと、両手を展翅するように布団の上に押さえつけた。素顔を弟の前に晒された姉は真っ赤な顔で固く目を瞑ったまま、顔半分を布団に押し付け普段の微笑みも忘れて涙に濡れていた。

「綺麗だよ、お姉さま」

「やぁ、お願い、もうやめて……ひゃっ!」

 嗚咽を堪え震える姉の頬に、目尻に舌を這わせて涙を舐め取る。

「……姉さま、良いよね?」

 顔を上げ、呼びかけると、びくり、と姉は身を震わせた。恐らく、それに続くものが何であるか、凡そ察しているのだろう。

「本気で……わたしを抱くつもりなのね?」

 姉の頬を、ポロポロと涙が伝い落ちる。

「……わたしを……抱きたいのね?」

 顔を伏せたまま、こくり、と姉は頷いた。

「……ん。――いいよ」

 そう言って微かに微笑み、観念したように身を委ねた。

「……ねえ、勝太郎?」

 姉は泣き笑いのような表情を浮かべ、上ずった声で懇願する。

「忘れないで? この先に進んでも、わたしたちは姉弟よ。……わたしは、おまえのお姉さまよ? ……どうか、どうかそれだけは……」

 後は言葉にならず、小さくかぶりを振りながら再び両手で顔を覆う。僕にはそれが、焦らさないで早く続けて、とねだっているように見えた。

 そんな姉の健気な様子に、僕もにっこりと微笑みかけた。


  …………

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