第5章 5
――ちりん。
……その夜、枕元に立つ何者かの気配に僕は飛び起きた。
灯りを手探るまでもなく、目の前に立つぼんやりと白く浮かぶ影が視界に飛び込んでくる。
布団から飛び起き、膝立ちの姿勢で油断なく構える。
(来たか化け物め!)
再び僕を淫らな夢に誘い、永遠にこの家の中で虜とするため、きっと今夜最後の仕上げに取り掛かるつもりに違いない。
(だが、そうはさせるものか!)
右手には小さな肥後守。こんな得物が人の皮を被った化け物相手に役に立つかは心許ないが、もうこれ以上化け物の好きにさせはしない。もう二度とお姉さまに指一本触れさせはしない。たとえ刺し違えてでも今宵この場で化け物に引導を渡し、この悪夢を終わらせてくれる!
その影に向けて全力で睨みつけ、小刀を振りかざす。
しかし、佇む影は何も語らず微動にしない。真っ白な着物は肌が透けるほど薄く、襦袢でも経帷でもない、今まで見たことのない古風な装束の、肩から上は闇に隠れて判然としない。長い髪だけが墨を流したように両肩から垂れている。
――ちりん。
「……?」
どうも様子がおかしい。怪訝に思いながらも睨み続けていると、やがて白い影はすっ、と右手を上げ、僕に手招きする。
(……ついて来い、と言っているのか?)
相手を睨み据えたまま立ち上がると、白い影はそのまますぅーっ、と音もなく障子の方へと移動し、闇に溶けるように姿を消した。
影の跡を追い障子を開けると、目の前は墨を塗ったような闇。
雨戸の隙間から月明かりも差さぬ――今宵は新月の夜だった。
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