第1章 4

(あれは、もしかして、女の人の……?)

 ――見ては、いけないもの。

 直感でそう思ったが、視線は釘付けにされ、どうしても目が離せない。

 

 僕の視線に気づいた姉が顔を離すと、その視線の先に目を落とし、まるで恥らう仕草も見せず、ただ合点がいったとばかりに「ああ」と、にっこり笑った。


 ……一瞬、姉の姿がぼやけたように見えた。


「お前も知っているでしょう? 女の月のものくらい」

 だってわたしも女だものねぇ、と、くすくす淡い笑みを零した。

「もうわたしも、ややを孕めるのよ? お母様がわたしとお前を産んだように」

 ごくり、と喉が鳴った。

 僕の視線は、釘付けにされたまま離れない。異性の裸体よりも生々しい姿を目にした羞恥と微かな後ろめたさは当然感じているのに、それに先立つ未知の感情が目を逸らすことを許さず、寧ろ、より鮮明な生々しさを秘められた奥底に求め、視線は裾よけに閉ざされた紅い源流の透視を試みたほどだった。

 そんな僕の気持ちの動揺を試すように、姉はおもむろに川面から両足を引き抜き、雫を滴らせながら横座に座り直す。

 その一瞬、雪餅のように柔らかな両腿の谷間に、木綿の裾よけに紅く咲いた鮮やかな血の花弁が露わになる。

 わざとゆっくりとした動作で私の視線の追跡を探ると、満足したようにちらりと歯を見せた。

 ややを孕む、という姉の言葉は、思春期の青臭い惑いにやっと片足を踏み入れたばかりの曖昧な影絵でしかなかった妄想に、より鮮明な光源をもたらした。

 その「孕む」という帰結に要するところの、弟である僕という男性の前で半ば股を晒した姉という血縁上一番身近な女性が、薄暮の中に二人きり取り残されているこの状況自体が一種の性行為じみて思えた。

 今一瞬垣間見えた血染めの裾よけの残像を網膜その他に間断なく感触深く反芻させながら、僕は浅ましくも意識せぬままににもっとその続きは何処かにないかと、姉の初々しい胸、やや幼さの残る浅い腰、露わになった太腿とふくらはぎと、裸のうなじともう一度胸と太腿とふくらはぎとを、赤い鮮血流れる内股を中心軸に視線を振れさせながら、姉の女の部分を素早く、余さず、舐るように探る。

 そんな呆けた僕の様子を可笑しそうに見やる姉の笑顔が、普段と様子を異にしていることに、もっと今の続きはないかと夢中になっている僕は気づかなかった。

 次第に、得体の知れないものがじんじんと身体を痺れさせる。


 ――もし、今抱いている欲動のままに許されるなら、目の前の娘から両腕の自由を奪い、力づくに両脚をこじ開けた上、倒錯した食欲さえそそられる太腿とふくらはぎの柔らかさ、滑らかさ、あたたかさ、味、舌触り、芳しい匂い、血の脈動、何から何まですべてを食指と舌尖の赴くまま丹念に味わいつつ、腰巻の奥底に秘められた淡い翳りの更に奥底、真っ赤な蜜の溢れる源泉を眼前にし、じっくり余念なく子細にわたり観察の限りを尽くしたい――。

 もし僕があと数年齢を重ねていて、欲情に対して最も箍の緩い年頃であったなら、迷わずこの場でそれ以上の振る舞いを姉に働いていただろう。

 そのとき、今まで無垢に笑っていた姉は、僕の下に敷かれて一体どんな表情をするだろうか。

 あどけない少年にさえそんな劣情を衝動せしめる蠱惑的な動作に、知らず固唾を嚥下する。

(姉さまに触れたい。……いろんなところに触れたい。舐めたり、匂いを嗅いだり、思う存分にできたら、どんなに良いだろう)

 まだ自身の正しい使い道も知らない未熟な僕にとっては、舐めたり、匂いを嗅いだりすることが性行為であり、ある意味猥褻な禁忌として普段潔癖な理性の中に厳重に封じていた欲望だった。

 何者かに誘われるように封を解かれた原始の欲求が鎌首をもたげようとする。


 ……それが、鼻の頬窩や舌の鋤鼻器を使い、獲物に忍び寄る蛇の――先程まで姉が川辺で目撃し、あるいはその来訪を待ち望んでいたかもしれない蛇の捕食行為とほぼ同じものであったことは偶然だったろうか。


 まるで別の者の意思が働きかけ僕を操っているようにさえ思えるほど、僕の身体から理性という名の魂がどんどん離れていく。

 腿の上に置かれた姉の手から伝わる熱気が、どくんどくんと脈動する。それに呼応するかのように、僕の体を走る静脈の隅々が、熱病に喘ぐように身をよじらせた。

 切ない疼痛が、ぶるり、と身体を震わせる。

 意識すればする程に匂い立つ甘く饐えた空気は、今やむせ返るようだった。


「……舐めて、みたい?」


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