第1章 5
「――え?」
信じがたい姉の言葉に、一瞬で淫らな夢想は破られた。
姉は、わらっている。
その笑顔が、いつも遠くから僕たちの遊びを眺めているお姉様のそれではない、まるで初めて目にする、白蛇よりも魔性じみたものに見えた。
己の言葉がもたらした相手の激しい動揺ぶりをまるで嘲笑うかのように姉が忍び笑いを漏らす。その声を聞いた途端、身体中の全ての毛穴が麻疹じみた生理現象のように一部の器官に疼痛を催しながら一斉にぶつぶつと開き出した。
何かが身体の芯から細い管の中を通り、みちみちと音を立てながら出口を求めて押し進む、脊髄反射のような痙攣が臀筋に冷たい怖気を走らせる。
もう数秒後に訪れるだろう未知の展開への期待に待ちきれぬように、まるで交尾のさなかの犬畜生が漏らす低いうめきにも似たものが、意図せず僕の口から溢れた。
何かが喉の奥を突き破ろうと胸の底でもがき、口の中に残っている唾を必死に飲み込む。先程から出口を求めて先端へと集結しつつある強い衝動が、溺れる者が見境なく活路を掴み取ろうとするような強烈さで、目の前の淫らな娘へと照準を合わせる。
姉は、むっちりとした太腿に指を伸ばし、その上を這う蛇の舌のような経血をすくい、僕の顔へ近づける。
僕は、凍りついたように動けない。もし今微動にでもしたら、この機会を永久に失ってしまうとばかりに。
(嗚呼っ! 早く、早くっ! 人が来ちゃうよ……!)
冷静に考えれば、夕餉の支度に勤しむ時刻に、農道からも外れた川渕などにわざわざ人が来るはずもない。
そんなことは端からわかりきっていながらもそれを鼻息荒げる理由の言い訳とばかりに、まるで母親を相手に駄々をこねる子供のように、早く、早くと心の中で地団駄を踏んだ。
もしここで焦らされでもしたら、僕は本当に姉の前で泣きべそを掻いていたかもしれない。
そして、指先は、意地悪にも僕の唇を逸れ、左の頬をすうーっ、となぞった。
ひやり、と姉の人差し指が触れた瞬間、突如、待ち焦がれた刺激の先が頬ではなく、熱い先端そのものを鋭く抉られたような激しい電撃がぶるぶると全身を打った。
(ああっ! 何、この感覚……? 腰が抜けちゃう……嗚呼っ!)
これまで感じたこともない開放感を伴う劇的な射出が、先端を激しい勢いに脈を打たせながら僕自身の周辺に熱く迸り、僕は思わずはしたない悲鳴を漏らして坐したままへなへなと腰を抜かしてしまった。
突然目の前で奇声をあげ、腑抜けたように崩折れる弟の様子に、姉は目を丸くし、
「勝太郎?」
と訝しげに首を傾げた。
乱れた呼吸を整えて見ると、姉は微笑みの中にやや戸惑いの陰りを浮かべ僕の顔を覗き込んでいる。
……気がつくと、再びあちらこちらで蛙が鳴いている。
既に陽は西の山際に完全に没し、瑠璃色の帳の中には一番星が瞬いていた。
姉の夏衣の着崩れはいつの間にか整えられ、太腿の裏に垣間見えたあの紅い一筋も確かめようがない。
(今のはなんだったんだろう。夢? でも、確かに……)
「どうしたの? 急に」
今までのすべてがまるで悪い白昼夢のような。
……しかし、只今の悪夢が悪夢でない証拠に、
「……? 何か、変な匂い」
微かに眉根を寄せて、姉が鼻をひくつかせる。
すんすん、鼻を鳴らしながらきょろきょろと周囲を見回していた姉の視線が、
「勝太郎……?」
僕の前でぴたりと止まり、
「おまえ……」
僕の目前に顔を落とし、確かめるように、すぅーっと匂いを嗅ごうとし――
「駄目っ!」
僕は夢中で姉を突き飛ばし、その場から逃げるように駆け出した。
薄暗くなった家路を、息を切らせながら必死になって走った。
日の落ちた農道に行き合う者は誰もなく、通りに沿って夜の灯りがぽつぽつと散見された。
べっとりと濡れた股間が足を動かすたび気持ち悪い。
虫の音と蛙の合唱が四方に響く中を、喘ぎながら走り続ける。
……自分の身体に起こった現象が一体何であるかは理解していた。
ただ、それを女性の前、それも実姉の前で催してしまったことが、この時の僕には大変な罪悪のように思えたのだった。
今にも姉が追いかけてきて、僕のとんでもない粗相を叱責するかもしれない。
ようやく家にたどり着くと、真っ直ぐに玄関へは向かわず、納屋の裏に駆け込んだ。
荒い息を整えながら、母屋の方を見ると、既に夕餉の方は皆済ませた後らしく、炊事場の方から水音と食器の触れ合う気配が聞こえる。後でお父さまたちから大目玉を喰らうことになるだろう。……それよりも何よりも、
からからになった喉のひりつきに咳き込みそうになりながら、その場にへたりこむ。
……思い出しただけでも、怖気に似た震えが身体を走る。
全力の放出を終えたばかりで燃え尽きたように萎縮した僕自身も、その光景が頭をよぎるとたちまち熱病的な滾りを帯びそうになり、不快な湿りの生臭い悪臭が一層鼻についた。
あの一瞬。
姉が僕の股間に顔を埋め、すぅーっ、とその青臭い匂いを堪能するように息を吸い込んだ、その一瞬、確かに垣間見た姉の表情は。
紛れもない、淫らな歓喜のわらいではなかったか。
(……嗚呼っ!)
再び激しい昂ぶりが僕自身を襲った。
その膨張する昂ぶりをどう処理して良いか判らず、じっとりと不快に濡れた股間の汚れを持て余したまま、震える手で左の頬に触れてみる。
もうほとんど乾ききってぴりりと引っ張られるような感触しか残っていないが、そこには確かに姉の痕跡がまだ付着していた。
指に唾を付け、血の跡をこすり落とす。
暗くて色までは判別できなかったが、鼻先に近づけてみると、噎せるような鐵錆臭い匂いがあった。
(これが、姉さまの? ……嗚呼っ!)
そのまま口に運び、もう一度痛いほど強く左頬を拭い去った後は、もう他のことは何も考えず、夢中になって血の付いた指をしゃぶり続けた。
……口いっぱいに、刀子姉さまの味が広がった。
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