第3話


 ――白狼の森。

 かつて緑鹿と同盟関係にあった、そしていつしか敵対し滅ぼされる運命を辿った白狼が君臨していた聖域。

 今やもう森があったという痕跡しか見受けられないが、当時は三百種の生命にあふれ、深い緑と潤沢な水に恵まれた豊かさを誇っていた。森のほぼ隣に町を構えていた緑鹿もまた白狼の森からの恩恵にあずかり、森林の奥地からから流れる川の水や、その中に含まれていた種子を拾い集めて食べ物を得ていた。

 今でこそ霧やら灰やらで陰鬱とした空間と化しているが、緑鹿の長は再び領民の力をもって森を再生させる気でいるらしい。あわよくば、誰も手を付けていないうちに白狼の領地であったこの土地を緑鹿のものとしようと目論んでいるのやも知れない。けれども濃霧の原因でもある、いまだ成仏できていない白狼の霊魂によって一般の緑鹿たちが作業することができない状況にある。そこで緑鹿の中でも頭一つ秀でた霊力を誇るソライに白羽の矢が立ったと推測された。

 まったく緑鹿の長というものは、能力があると分かれば、精神を痛めつけるまでに民をこき使いたい性分らしい。

 ソライはほとほとあきれ返りながらも、群れを成す動物として生まれてきた以上逆らえない己を呪うことしかできない現状を、自嘲するしかなかった。


 放置され続けて三年もの月日が流れた焼け野原は、よく目を凝らせば、岩場やもとは川が流れていた湿地に地衣類や下草が生え始めていた。

 まだまだ死の気配が充満する地で新たな生をはぐくむことは容易ではないだろうに、それでも植物たちは抗っているようだった。

 そのかいあってか、ソライが想像していたよりも霊魂の一つひとつは、はるかに小さくなっており、ソライの目を通して、生前の姿に具現化されるようなものはほとんど残っていなかった。自然的に収縮されていった魂は淡い光の粒となり辺りをさまよっている。ここまでくれば、昇天を促したり、除霊することは確かに手っ取り早いが、そのまま放置して自然に吸収されるのも時間の問題のように思われた。

 だが、死した気配を強く感じる方角がひとつ。

 まだ未熟なソライでは、油断すると押し潰されてしまいそうな負の引力を感じていた。三年の月日を経てもなお収縮の兆しを見せないほどの気配なのだから、当然かもしれない。

「あそこだけ何とかすれば、あとはどうにかなるでしょう」

 ソライは湿った空気を胸いっぱいに取り込み、一気に吐き出した。心なしか胸につかえていたものもわずかに取れたような気がした。腹をくくり、さらに森の奥地へと歩みを進める。といっても、景色は一向に変わらないから魂の気配を頼りにするばかりだ。

 しばらくすると、混とんとしていた空間が一気に透明感あふれる場所へと姿を変えた。

 それまでぼんやりとしていた光すら鮮明になり、あまりのまぶしさにソライはたまらず瞼を閉ざした。

 魂の気配は身震いしたくなるほどに強力になっていた。

 もう、すぐそこにいる。

 ソライが全身を駆け巡る緊張感を覚えている中、場違いなほどに穏やかな声が彼の鼓膜を刺激してきた。

「君は……緑鹿?」

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