第8話

 ごぅっと音がして、目の前を炎が横切った。だが、映像はいつもの通り、音を発しない、果たして本当に音がしたのかどうかも分からなかった。その炎を抜けると、そこは海の上であった。いくつもの舟がそこに浮かび、敵味方の武士が入り乱れてその上で争っている。火矢をかけられ、燃えている舟もあった。

「何じゃ……これは……」

入道は展開される場面についていけずにいた。しかし、視線を巡らせると、赤と白の旗が見える。そして、鎧武者の中には自分の知った顔もあった。得られる僅かな情報から思考を巡らせれば、入道の一門と対立する者達との間で戦が起きているのが分かる。そして、入道の一門の方が劣勢であった。しかも、船の上には女子供までもが乗っていた。

「一門全てが、ここに……」

大して相手の旗下には男しかいない。入道の一門は戦の勝敗だけではない。一門全ての生き死にをかけて戦っていた。その戦において劣勢を強いられているのである。

「何故じゃ……あの時儂は正しい選択をしたのではなかったのか!」

だん、と入道が足を踏み鳴らした。体が怒りに震えている。

「正誤の判断は、そのお立場によって変わりましょう。貴方様の一門の御敵となる立場から見れば、それを滅ぼすが正しい選択」

そう言って烏が目の前の映像を指さした。そこには、先の映像にもあった姫が、映っている。

 女達の乗る舟に、姫の姿もあった。そして、姫の隣の尼僧姿の女性の腕に抱かれて、仕立ての良い着物を着た、男の幼子があった。

「まさか……まさか……我が孫は主上となられた身、それを知っての狼藉か!」

入道は何もかもが信じられなくなった。力無く首を横に振る。

「このような事……あるはずがない。あってはならぬ事じゃ。そうであろう、烏!」

烏に詰め寄り、その胸倉を掴んだ。しかし、烏は動じることも無く、ただ、静かにもう一度映像に目をやるように入道を諭した。入道が緩慢に首を向けると、一人の敵の武者が女の船に足をかけた所であった。女達が悲鳴をあげ、身を寄せた。すると、味方の武者が割って入り、敵を切り伏せた。しかしその武者もまた、矢を受け、海に落ちた。 

 勝敗は既に明らかだった。姫もそれを悟った様子で、静かに微笑み、女房達に諭していた。女房達は泣き崩れ、手に手を取って慰め合った。尼僧は腕の中の幼子に何かを話していた。すると、不安そうにしていた幼子の顔がぱっと華やいだ。それを見た尼僧の目から涙が零れ、それを映すまいと尼僧は着物の袖で拭った。

 次の瞬間、まるで色とりどりの美しい鳥が、水面に降り立つように、女達は舟から身を投げた。尼僧も、幼子も、美しい名残を残して波間に消えた。


瞬間、入道の口から、聞いたことのない叫び声が起こった。

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