#06 風車

 ピンチの最中にあって彼女の口角がゆるりとあがる。


「よしッ」


 地面までたどり着いた彼女は両手を地面について後方に飛び退く。


 同時に胸の谷間に仕込んであった風車を手に取り彼に投げつける。


 忍者が投げる手裏剣にも似た風車が風を斬り飛ぶッ。


 風車は、からからと嗤うよう回って晴夜へと向かう。


 アハハ。バカ。アホ。中空で、その姿勢ならば対処のしようがないでしょうが?


 アハッ。最後に笑うのはあたしだわさ。


 もう一度言わせてもらう。死ねぇッ!?


 どうやらスライディングからの一連の動きはオトリであり、晴夜がなんらかの対処をしてくると睨んでいたのだ。その上でイタコ印のケミカルFXという謎の毒を塗った風車で攻撃する腹づもりだったわけだ。そうして、まんまと晴夜をハメた。


 いや、ハメたと思われたのだが……、重爆撃を止められない晴夜の口角も上がる。


「フフフ。愚かッ!」


 なぜ、わたくしが、さざなみの揺り籠、つまり踵落としを選択し、追撃したのか?


 ただなんとなくでは、ありませんよッ?


 晴夜は、踵落としの体勢にあった右足を風車が届く前に一気に振り抜く。振り抜いたあと前傾姿勢になって慣性に任せて体を半回転させる。その竜巻にも似た回転運動に巻き込まれ翻弄されてしまう風車。そののち風圧によって弾き飛ばされるソレ。


 晴夜の圧倒的な力を前にして、為す術なく、あらぬ方向へと飛んでいってしまう。


「マジかいや。あり得ん。お前、本当になんなん。真面目に同じ人間なのかいや?」


 とイタコは、悔しさを露わにして焦る。


 対して当の晴夜は、


 そのまま慣性に身を委ねてから一回転。


 イタコのとっておきである風車を弾き飛ばした上で一回転する事で、再び、さざなみの揺り籠の体勢へと戻る。しかも回転途中で左足の裏にイタコと同じく三つの霊気リングを発生させてから蹴りつける事で中空での方向転換にすらも成功する。


 その三つのリングは仏のそれではない。


 自身の霊力を仏のそれに似せたものだ。


 いや、自分の霊力を仏のソレに似せられる事自体が驚愕の出来事。しかし、彼は、ごく当たり前にやってのける。無論、仏との憑依合体によって身体的スペックが上がっているイタコと互角の勝負を繰り広げている時点であり得ないのであるが。


 ともかく後方へと飛び退いて距離をとったイタコを追撃するッ!?


 仮に才能という面で、神に愛された存在があったとして、それは霊が、こぞって救いを求め集うイタコとするならば、さしずめ晴夜は、神をも超えんとす才能の塊。いや、そう表現せねば、決して表現しきれない才覚を持つものこそ彼なのだ。


「マジか」


 と、イタコが焦る。


 晴夜は、独自の努力で己を鍛え上げて神をも凌駕する領域に手を伸ばしている。それを掴まんとする位置まできている。だからこそイタコが仏の加護を得て、霊気リングという力で対抗しようとも彼は彼自身の力で同じものを作り上げられるのだ。


 焔の車輪と化した晴夜がイタコを襲う。


 青く冷たき炎で彼女を焼き尽くさんと。


「お終いですよ。安らかにお眠りなさい」


 と……。

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