#02 地蔵菩薩

「……まあ、言葉もないが、一応、笑っておいてやろうか。だが、つまらんな。ついにギャグセンスも鈍ったか? いや、むしろ、昔から、その程度だったかな?」


「むっきー。あたしからギャグを取ったらもう胸しか残らんわさッ!」


 ないおっぱいを、精一杯、張る。うりうりと左右に激しく振りつつ。


 谷間らしい谷間が一切見えない胸で風車が精一杯回る。


「……草。もはやなにも言うまい。ともかく口寄せするのであろう。さっさとせよ」


 ここまできて、ようやくにも口寄せを思い出すイタコ。


 焦り、目を皿のようにしてからヤベと小さく口にする。


「そうだわさ。そうだわさ。アホな茶番は後回しにして口寄せだわさ。とっとと口寄せしないと晴夜が来るわさ。その前に万全の準備をしておかないと。やるわさ」


 ……ふん。相変わらずだな。


 焦ると現状を改めて認識する為なのか、自分の為すべき事を口にしてしまう癖は。


 お主が今、相対する晴夜という青年は、そういった細かい弱点をも突いてくるぞ。


 ゆえ、出来れば現状認識は心の中だけでせよ。せっかく我が力を貸すのだ。細かいミスで負けるなどといった事態は避けよ。無論、我が表に出て、お主の意識を縛ってもよいが、それでは、お主の気が済まんのだろう? であるならば……、


 自分の頭の中に響く声に我慢ができなくなったイタコは頭を両手で抑えて叫ぶッ。


「うるへぃ! 黙れッ! 分かってるわさッ! 充分に」


 説教は、また今度、じっくり聞くから。今は力を貸してくれればソレでいいわさ。


 と頭の中のやつに反抗する。


 そうして、また合掌して集中。蒼い気が体中から発せられて炎のように揺らめく。


「いくべさ、いくべ。三珠降霊術、口寄せ、地蔵菩薩ッ」


 そうッ。


 敢えて、言うまでもないが、


 彼女が切り札として口寄せしたやつとはカタカナでカと読む梵字を持つ地蔵菩薩。


 サンスクリット語でクシティ・ガルバ。大地のような無限なる大慈悲の心で包み込んで苦悩する人々を救うとされる仏である。ただし、広く一般には、お地蔵さんとして親しまれており、その親しみやすさから、そんなに力はないと勘違いされる。


 しかし、その実、大地の母胎とも言われる菩薩となる。


 釈迦と弥勒菩薩がいない、この世においての唯一の救い主こそが地蔵菩薩なのだ。


 イタコの左目の下にカと読む黒い梵字が浮かび上がる。


 そして、


 彼女を包んでいた蒼いオーラが薄い朱色になる。地蔵菩薩と同化するまでの間、オーラは徐々に朱色から暖色系へと変化していき、黄色へと向かう。遂に彼女が纏うオーラが黄色になると地蔵菩薩との憑依が完了する。右口角を上げるイタコ。


 左目の下にある梵字が光る。


 うむっ。


 これにて同化完了である。お主の流派での言葉を使えば憑依完了というやつじゃ。


「オッケー。いくら天才でも仏には勝てないわさ。たとえコピーされても、いきなり仏なんか呼べるわけないしね。イタコちゃん、無敵モード、発動だわさッ!?」


 ダブルピースで満面の笑み。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る